トランプか、それとも我々なのか?
第1回
正直なところ、私はこの半年以上、精神的に現在の自分の鬱的状態から逃避したいと考え、現在のあまりにも酷い社会状況についてなるべく考えないように自己逃避していた。アメリカや中近東はもちろん、自分が住むオーストラリアも母国の日本も、世界中至るところで、人間の、とりわけ多くの政治家たちの道義心がすっかり減退萎縮してしまい、残虐極まりないさまざまな軍暴力の大量の被害者の痛みと哀しみに対する倫理的想像力がまるで我々の間で消滅してしまったかのような状態 ― これについて毎日考えなければならないことに耐えられなくなった。「世の中が狂ったのか、狂っている代表のような人物がトランプなのか?それとも、とうとう自分が狂ったのか?」そんな思いが頭をよぎる。そこで、しばらくは考えることも書くことも止めてしまった。
しかし、先月5歳になった孫の顔を見ていると、この孫たちの世代のために無力な私ができることは何もないが、この子たちが大きくなって「大酒飲みのジジイがこんなことを考えていたのか」と知ってもらえるようなものだけは、せめて書き残しておきたいと思い、なんとかまた自己奮起してみるつもりである。
「なぜトランプのような低劣な人物がアメリカ大統領になり、権力をふるっているのか?」という極めて単純だが、答えをみつけるのがひじょうに難しい問題 ― アメリカ政治史の専門家でもない私には、このテーマで議論する資格はないかもしれないが、ご笑覧いただき、おかしな議論があれば「お前の論考のここが狂っている」(苦笑)というご指摘をいただければありがたい。
田中利幸
1)トランプの稚拙さの原因は「病的自己愛」
米国大統領トランプが自分のソーシャル・メディア「トゥルース・ソーシャル」を頻繁に使い、厚顔無恥にも事あるごとに、いかに自分が偉大であるかを誇示する様々な試みを行っていることは周知のところ。「トゥルース(真実)」とは全く逆に、内容は「嘘」ばかりだが。去る8月28日には、自分が作った「歴代大統領順位」なるものを発表。歴代大統領のうち36人を6つのランクに分け、リンカーンやワシントンを含む6人を「偉大(Great)」とし、最下位の「失敗(Failures)」の5人の中にバイデン、オバマ、カーターの3人を入れて、自分一人だけを最高位の「最も偉大(the Greatest)」と位置づけている。自分のこの行為が、どれほど愚劣で笑止千万なものであるのかを認知できる能力さえすでに失っていることは明白である。
同じような愚行は、建国250年記念のための250ドル特別紙幣を発行し、これに自分のポートレイトを印刷するというアイデア。ところが1866年制定の法律で、紙幣・貨幣に使われるポートレイトには存命人物のものは禁止されており、この法律を変えるには連邦議会の承認が必要なところから、極めて難しいことが判明。アメリカには、共和国としての建国期から「君主制(国王の顔を紙幣・貨幣に刻む文化)との決別」を象徴するため、「存命中の人物の肖像を紙幣・貨幣に使用しない」という強い伝統があり、この法律が制定された。一方、トランプ政権1期目の2020年に成立した「流通記念硬貨デザイン変更法」で、建国250周年記念の特別硬貨発行は認められることになっていた。しかもこの「記念硬貨デザイン変更法」は、1866年の制定法に従って硬貨「裏面」への存命人物の肖像刻印を禁止しているのであるが、「表面」については制限に関する記述が欠落していたのである。そこで財務省・造幣局 ― 実際にはトランプに盲従するスコット・ベッセント財務長官 ― は、250ドル特別紙幣の発行はあきらめたが、この記念硬貨デザイン変更法を曲解して、1ドルの特別硬貨の「表面」へのトランプの顔の刻印を適法としてしまい、今月9月3日に発行してしまったのである。硬貨の外見はトランプのお気に入りのピカピカの金色であるが、実際には金は含まれておらず銅などを使った合金である。しかし、この特別硬貨発行では、トランプの他の愚行のように莫大な費用がかからないで終わっていると思われるので、まだマシなほうであろう。
一方、トランプは昨年7月にホワイトハウスの舞踏ホール建築計画を公表し、そのためにイースト・ウィングと呼ばれていた建物を解体。最初は、トランプはこの建物は民間からのアメリカ国民への贈り物だと言っていたが、寄付が集まらなかったようで、いつのまにか建築費用4億ドル(約640億円)はアメリカ市民の税金でまかなうことになってしまった。しかも2500坪の敷地に建てられるこの建物の地下深くには軍事センターとしての大規模な(おそらく核シェルターを備えた)地下壕が作られることになった。しかし、元の建物の解体と新しい建物の建設にはこれまた連邦議会の許可が必要であるのに、トランプはそれを完全に無視して工事を強行。そのため裁判沙汰となり、一時工事は中止となっていたが、つい先日、最高裁で判事5人対4人の裁決結果で、工事継続の許可がおりた。周知のように、最高裁判事のうち保守派3人がトランプ前政権時代にトランプによって指名され、それ以前からの保守派判事3名を含めれば、保守派6対リベラル派3なので、どんな裁判でもどうしてもトランプに有利な判決となる傾向が強い。今回は保守派の一人である首席判事ジョン・ロバーツも、最終的に「工事継続の許可」賛成派に加わった。ところがロバーツ判事は、リベラル派判事たちが多数意見に反対して提出した「その解釈は違法である可能性が高い」という意見書にも署名したのである。このロバーツの法理的な支離滅裂さは、「違法」と判断しつつも、トランプを恐れて「工事継続の許可」にいわば「忖度」として賛成した結果であろう。
トランプによる首都ワシントンの複数の「美化計画」― 実際には「醜化計画」と呼ぶべきもの ―では、トランプはそのほかにも、膨大な予算で、古くからある公共施設であるイーストポトマック・ゴルフコースやリンカーン記念堂前の巨大な人工池の身勝手な改築案を強行させようと様々な問題を起こしている。きわめつきは、これまた建国250周年記念として、リンカーン記念堂からポトマック川を隔てた対岸に高さ76メートルという、パリの凱旋門をはるかに上回る、しかも最上部には金ピカの鳥と天使像、基部にも金ピカのライオン像をそえる「成金俗物趣味丸出し」と言える凱旋門を建設しようという計画である。昨年10月15日、トランプはジャーナリストを集めてこの凱旋門計画についてモデルを見せながら説明したが、そのとき、記者の一人であるCBSのレポーターが「これは誰のためですか?」と尋ねたところ、即に「私のためだ。すばらしく美しいものになるはず」と応えたそうである。そこでこの記者は「トランプ凱旋門と呼ぶのでしょうかねと」と皮肉っぽく述べたそうだが、トランプには皮肉とは聞こえなかったようである。法律上まずは米国立公園局の許可が必要だが、31の設置可能提案場所のどこも「景観を損なう」という理由から、この案には全面的に否定的。計画中止を求めて裁判所に訴えた市民団体もあり、しかもこれまた連邦議会あるいは政府の適切な独立機関による認可が必要であるので、計画が必ずしも実行されるということにはならないはずなのである。ところが最近(9月4日)の情報では、今後2週間以内に基礎工事である掘削作業を始めるとのこと。実行されるならば、これまた数億ドルという納税者の金が醜悪な建築物のためにふっ飛び消え去る。
ワシントンでの、もう一つのエピソードを紹介しておこう。昨年初めトランプが大統領に返り咲くやいなや、スミソニアン協会の米国立肖像画美術館の館長であるキム・サジェットを彼は更迭しようとした。その理由は、その8年前、トランプはキリスト教福音派の保守派で熱烈なトランプ支持者の、「粗悪な模倣品の巨匠」と呼ばれているジュリアン・レイヴンが制作したトランプの肖像画を国立肖像画美術館に収蔵させようとしたが、サジェット館長がこれを拒否したからである。「恐れを知らず恥も知らず」と題されたこの肖像画は横5メートル、縦2.5メートルという巨大なもので、重さ113キロというバカでかいもの。こんなバカでかい肖像画は稀で、しかも芸術的な観点からしても俗悪そのもの。「こんなものはダメ!」と彼女は一見して拒否したのである。
しかし、館長の任命・罷免権はトランプではなくスミソニアン理事会にあるため、トランプは彼女を更迭できなかった。そこでトランプは彼女に執拗に政治的圧力を加え続け、副大統領のJ.D. バンスなどもトランプに加担して、彼女を「左翼の狂人」などと罵倒したのである。彼女はオーストラリア生まれでメルボルン大学卒の美術史家で、2013年に米国立肖像画美術館の初の女性館長となり、女性と少数民族の人物の肖像画を増やすことで大きく貢献した。しかし、彼女が館長で居続けることで肖像画美術館とその職員たちにも執拗な政治的いやがらせが行われことを避けて、彼女は2025年6月に辞職したが、9月にはミルウォーキー美術博物館に館長として迎えられた。
こうして首都ワシントンだけのトランプのあまりにも度が過ぎた幼稚とも称せる行動をみてみるだけでも、トランプの「自己中心主義」は、我々の周りにも決して数少なくない少々身勝手な「自己中」というレベルの人間の問題をはるかに超えていることが分かる。これは精神病学的にはpathological narcissism「病的自己愛」と呼ばれる精神障害で、「自己愛の強さが極端で、人格や対人関係に支障をきたすレベルにまで達している自己中心主義傾向」のこと。つまり、「通常の自己肯定感や『健康な自己愛』を超えて、自己誇大と特権意識の強さと、共感/同情感の乏しさが極端で、日常生活や人間関係に問題をきたす状態」と言え症状である。もっと具体的には「自分の重要性と才能について誇大で根拠のない感覚を持っており、無条件に賞賛されたいという欲求と特権意識が異常に強く、嘘で他人を操作・搾取してでも自己愛感覚を維持しようとする」症状のことである。これらの深刻な症状は、トランプの様々な国内政策と(戦争を含む)外交政策には、さらに顕著に表れている。
2)ベネズエラへの軍事侵攻で露呈したトランプの攻撃的で破壊的な「病的自己中心主義」症状
あまりにも問題の多すぎるトランプの様々な政策をいちいち詳しく検討している時間的な余裕がないので、ここでは彼の外交・戦争政策にマトを絞って見てみよう。
それでも問題が多過ぎて、どこから話を始めたらよいのか分からないくらいであるから、前政権時代の問題は割愛して、今年1月3日、ベネズエラに対して行った電撃的な軍事攻撃に関する議論から始めてみよう。
ベネズエラへの攻撃の前段階として、トランプ政権はベネズエラから出航する「麻薬密輸船」に対する連続空爆作戦を、カリブ海や東太平洋の公海上で2025年9月初めから開始した。この作戦は、米国へ流入する致死性の高い違法薬物の根絶と、それに関与する「麻薬テロリスト」の排除を目的とするものであるとトランプ政権は正当化。国際水域で「麻薬運搬船」とみなした船舶へのこの断続的な爆撃作戦は、ヘグセス国防長官の指揮のもとに、これまで20回以上繰り返され、2026年6月時点で59隻が攻撃され205人が殺害されたと言われている。しかし、これらの船舶が確実に「麻薬運搬船」であるかどうかを確かめもせず、必要な司法手続きや身柄拘束の手続きを全く経ずに海上で即座に爆撃・殺害することは、明らかに国際法違反である。いや、むしろ「国家テロ」と呼ぶ方が適確であろう。最初の爆撃で生き残った生存者を殺害するために「追い打ち攻撃(ダブルタップ)」を行った疑惑がもたれるケースもあり、この場合はとりわけジュネーヴ条約(負傷者の保護)に抵触する。
それだけではなく、最初からトランプはベネズエラのマドゥロ政権がこれらの密輸に深く関わっているのだと非難し、2025年12月下旬には、「船に麻薬を積み込む港の地域(陸上施設)を攻撃し、大爆発が起きた」と豪語。CIA(米中央情報局)のドローン等によるベネズエラ領内への初の地上攻撃が行われた可能性が報じられた。マドゥロ政権は「主権を侵害する侵略行為であり、米政府による政権転覆の画策だ」と激しく非難。また、米議会(超党派)でも法的手続きの不透明さからこの爆撃行為の調査を行うことを決定し、世論調査では米国市民の約半数がこの作戦に反対姿勢を示した。
実際には、麻薬、とくにコカインの主たる生産地はコロンビアであって、そのうちベネズエラを経て米国に密輸入されるのはごくわずかでしかない。米麻薬取締局(DEA)も2025年3月公表の年次報告書は、押収したコカインの84%がコロンビアから流入したものだと指摘しており、ベネズエラについては何ら言及していないのである。この事実、すなわち米国のベネズエラへの軍事攻撃の正当化である「麻薬密輸撲滅」が、極めて疑わしいことについて報道する米国内外でのメディアがほとんどなかったのは驚きである。
マドゥロが主張した通り、この攻撃が「米政府による政権転覆の画策」の開始であったことは、2026年1月3日に、今度は米軍がベネズエラの首都カラカスをはじめ複数の地点に対して電撃的に爆撃を行い、特殊部隊デルタフォースがニコラス・マドゥロ大統領と妻のシリア・フローレンスを拘束・拉致し、ニューヨーク州の空軍基地に移送したことで明らかとなった。その後、二人はブルックリンのメトロポリタン拘置所に収容され、マドゥロ大統領は麻薬テロ共謀罪を含む複数の罪状で、妻のほうは「麻薬密輸共謀罪」などで起訴され、いまも囚われの身である。この「外国の政権転覆」作戦のために、米政府はCIA工作員を2025年から潜入させて準備させ、攻撃直前にはサイバー攻撃でカラカスに大規模停電を発生させた。
トランプによるベネズエラ政権転覆の真の目的は、したがって、マドゥロ政権転覆によって米国が ― というよりはトランプ個人が ― ベネズエラの石油産業を支配することであって、「麻薬密輸入の阻止」はその目的確保のための単なる口実であったことは、いまさら言うまでもないであろう。つまり、この露骨な軍事攻撃は、トランプがベネズエラの石油資源を掌握するために捏造した違法な「侵略戦争」であったのだ。ベネズエラの指導者の身柄を拘束してから数カ月後にトランプは、「ベネズエラを米国の51番目の州にすることを検討している」と誇大妄想的な計画について述べたことからも、このことは明らかであろう。
当然のことだが、この電撃作戦が、国連憲章第2条第4項で加盟国に対し禁止している「他国の領土保全や政治的独立に対する武力の威嚇・行使」にあたると、中国やロシアをはじめ多くの加盟国が米国を批判した。しかし、ほとんどの国が批判的声明を出すだけで終わっており、すぐにそれは沈黙となり、さらには事実上の容認状態へと変わり、今ではこのトランプの由々しい犯罪行為はすっかり忘れられてしまった。英国の当時の首相スタマーは「英国はこの攻撃に全く関与していないが、国際法は遵守されるべきだ」という内容の簡単な声明を出しただけ。フランスのマクロン大統領は「ベネズエラ国民は独裁者から解放された」と述べてトランプを賞賛。日本の高市首相にいたっては、「ベネズエラにおける民主主義の回復及び情勢の安定化に向けた外交努力を進めてまいります」と、いつもの全く無意味な有口無行でお茶を濁らせ、トランプの国際法違反行為については一言もコメントをしなかった。唯一、「世界が『強盗の巣窟』になる」という厳然たる言葉でトランプを指弾したのは、私が知る限り、ドイツのシュタインマイヤー大統領だけであった。
我々が忘れてはならないことは、国連憲章第2条第4項は、1974年の国連総会で採択された「侵略の定義に関する決議(総会決議3314)」と密接に関連しており、その第1条「国家による他の国家の主権、領土保全若しくは政治的独立に対する、又は国際連合の憲章と両立しないその他の方法による武力の行使」は「侵略」であるという定義である。よって、ロシアのウクライナに対する「侵略戦争」、同様にアメリカのベネズエラに対するような「侵略戦争」が続けば、「世界が『強盗の巣窟』になる」というシュタインマイヤーの糾弾は、トランプにだけではなくプーチンにも向けられたものであると我々は考えるべきであろう。
2026年1月3日以降のベネズエラの政治状況は、暫定的なアメリカの直接管理と、国内でのチャベス派(旧マドゥロ政権派)による統治・抵抗が混在する極めて不安定な状態が続いている。実際には、暫定大統領のデルシー・ロドリゲスは米国に正面きって抵抗できないため、トランプの意向にできるだけ沿うような形をとりながらも、同時に自分たちの国内統治権をなんとか維持できるよう踏ん張っている。8月には政府(チャベス派)と野党間の対話プロセスの第1段階が始まり、民主主義の強化や情勢安定化に向けた模索が続けられてもいる。しかし8月下旬には、ベネズエラは石油輸出国機構(OPEC)からの脱退を検討せざるをえなくなり、米当局と協議を進めていることが報じられ、エネルギー政策の面でも親米路線への強制的なシフトが進みつつある。こうしてベネズエラは結局、事実上、米国の属国か保護国、あるいは植民地に近い国となりつつあり、呼び名はどうであれ、もはや主権国家とは呼べない国となってしまった。
いまや米軍は思いのままに同国に出入りするし、石油収入は米財務省を経由する。つい最近、トランプは自分のSNS「トゥルース・ソーシャル」で、「米国の納税者に一切の負担をかけずに、ベネズエラの確認埋蔵石油の過半数の支配権を確保した」と豪語。具体的には、ベネズエラ暫定政府は、米国の支援を受ける民間石油会社「ノース・アメリカン・ブルー・エナジー・パートナーズ(NABEP)」に対し、17の戦略的油田(確実埋蔵量約650億バレル)における100年間の運営権限を与えざるをえない状況に追い込まれたのである。NABEP社は、米国政府(国家戦略資本局など)に対して親会社株式の35%を無償で譲渡。これにより、米国は巨額の資産価値と配当金を得る権利を確保し、さらに米国政府は、同社が生産するすべての原油の20%を「生産原価」で買い取る権利も確保した。株式と原価買い入れ権を合わせると、全生産分の実質55%の権利を米国政府が保有するという、極めて稀な「商取引」が民間会社と米政府で行われたのである。
米国政府(国家)が直接民間企業の株式を保有するという、米国の歴史上極めて異例なこの事業計画は、当然、批判の対象になっている。この異例の大型事業計画をめぐっては、すでに政府と企業の不透明な関係や「身内への利益誘導」を疑う声がメディアや政界から上がっている。なぜなら、NABEPを実質的に支配しているのは、長年マネーロンダリングなどの犯罪疑惑のある、ロンドンを拠点とするベネズエラ人実業家アレハンドロ・ベタンコートであり、この怪しい実業家の利権にトランプ政権が法的保護を与え、ペンタゴンを通じて株式を保有したという一連の流れが不透明であるため、野党民主党やメディアから「何らかの個人的利益や不正な動機が絡んでいるのではないか」と厳しく追及されはじめている。したがって近い将来、トランプがベネズエラの油田の一部に直接出資する可能性があることも十分考えられる。しかし、この「商取引」は、現在トランプ政権に対する国民のさまざまな不満から11月に行われる中間選挙で共和党の不利が予測されるため、この状況をなんとか改善するために、トランプが自国政府に大きな利益をもたらす「商取引」を成功させたのだと知らしめる選挙対策であろうとも考えられる。
米国政府の軍事力を使ってのベネズエラの石油産業支配とトランプの個人的利益獲得とは、このように我々が知り得ない闇の世界で深く絡み合っているのであろうと思われる。かくして、米国の国家権力=軍事力とトランプ個人の金権力との間には、もはや境界線がなくなりつつあり、トランプは自分の個人的な金権力を世界中に拡大するために、強大な軍事力で支えられた米国の国家権力をフルに活用するつもりでいるのだ。そこまでトランプの「病的自己中心主義」は重症化しつつある。つまり、米国の国家権力は、文字通りトランプにのっとられつつあるというひじょうに危険な状態にある、というのが私の理解である。そして、この危険な状況は、一国の核兵器を含む大量破壊/通常兵器が精神的に病んでいる個人の不安定で移り気で場当たり的な判断で、突拍子もなく使われてしまい、大量の死傷者と由々しい環境破壊をもたらす起爆要因を孕んでいるとも私は考えている。その危険性は、この半年以上にわたるトランプのイラン戦争での「場当たり主義」にすでに表れている。
次回は、イラン戦争を、まずはエプスタイン・ファイルとの関係から考えることから始めて、議論をすすめてみたい。

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