国旗損壊罪法案反対運動が高まるなかで、3つある栗原貞子の詩「旗」のうち「旗2」が注目を浴びています。「日の丸の赤は じんみんの血/白地の白は じんみんの骨/いくさのたびに/骨と血の旗を押し立てて/他国のこどもまで/血を流させ 骨にした」の一節で始まるこの詩には、天皇制国家が戦争遂行によって無数の自国民と他国民に犯した様々な残虐行為の責任が、栗原らしい強烈な表現で追求されています。戦争がもたらす自国民の被害と他国民に対する加害の表裏一体性を、「日の丸の旗」に象徴させる見事な詩だと思います。
日の丸の赤は じんみんの血
白地の白は じんみんの骨
いくさのたびに
骨と血の旗を押し立てて
他国のこどもまで
血を流させ 骨にした
いくさが終わると
平和の旗になり
オリンピックにも
アジア大会にも
高く掲げられ
競技に優勝するたびに
君が代が吹奏される
千万の血を吸い
千万の骨をさらした
犯罪の旗が
おくめんもなくひるがえっている
「君が代は千代に八千代に
苔のむすまで」と
そのためにじんみんは血を流し
骨をさらさねばならなかった
今もまだ還って来ない骨たちが
アジアの野や山にさらされている
けれども もうみんな忘れて
しまったのだろうか
中国の万人坑の骨たちのことも
南の島にさらされている
骨たちのことも
大豆粕[かす]や 蝗[いなご]をたべ
芋の葉っぱをたべてひもじかったことも
母さん別れて集団疎開で
シラミを涌かしたことも
空襲警報の暗い夜
防空壕で 家族がじっと息を
ひそめていたことも
三十万の人間が
閃光に灼かれて死んだことも
もうみんな忘れてしまったのだろうか
毎晩 テレビ番組が終わったあと
君が代が伴奏され
いつまでも いつまでも
ひるがえる 血と骨の旗
じんみんの一日は
日の丸で括めくくられるのだ
市役所の屋上や
学校の運動場にもひるがえり
平和公園の慰霊碑の空にも
なにごともなかったように
ひるがえっている
日の丸の赤は じんみんの血
白地の白は じんみんの骨
日本人は忘れても
アジアの人々は忘れはしない
栗原貞子の詩ほどよく知られてはいませんが、城山三郎が詠った詩「旗」は静かに流れるような詩ですが、その流れの中に、あるがままの人間一人ひとりの命に対する深くてやさしいいたわりが感じられます。その命のために旗を振らされること、振ることへの強靭な拒否感が込められている、これまた感動的な詩だと私は思います。
旗振るな
旗振らすな
旗伏せよ
旗たため
社旗も 校旗も
国々の旗も
国策なる旗も
運動という名の旗も
ひとみなひとり
ひとりには
ひとつの命
走る雲
冴える月
こぼれる星
奏でる虫
みなひとり
ひとつの輝き
花の白さ
杉の青さ
肚(はら)の黒さ
愛の軽さ
みなひとり
ひとつの光
狂い
狂え
狂わん
狂わず
みなひとり
ひとつの世界
さまざまに
果てなき世界
山ねぼけ
湖しらけ
森かげり
人は老いゆ
生きるには
旗要らず
旗振るな
旗振らすな
旗伏せよ
旗たため
限りある命のために

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