2016年9月27日火曜日

「天皇は平和主義者」?:後日独白


日本国憲法は平和憲法? - 安倍政権「万民翼賛体制」推進の危険性を考える



 「第九条の会ヒロシマ」会報91号に掲載していただいた拙論「『天皇は平和主義者』? — 71年前にもあった話のはず —」を、今月10日にこのブログで紹介させていただいた。以下はその続編とも言える、独白である。ご笑覧いただければ光栄である。



大日本帝国憲法と日本国憲法の連続性

 実は、明仁を「平和主義者」と見なすことだけではなく、現行の日本国憲法を「平和憲法」と呼ぶこと自体に、私は最近疑問を持つようになってきている。こんなことを言うと、「第九条の会」のメンバーの仲間からおしかりを受けそうであるが、九条そのものはあくまでも擁護すべきという意見には変わりがないし、擁護するだけではなく、実際にどのように活用すべきかを私たちは考えるべきだというのが私の持論である。それだけではなく、憲法前文は九条に勝るとも劣らないすばらしい内容であって、特に、「われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。 われらは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従うことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる」という一節などは、国連憲章に含まれるべき類の名文である、と私は思っている。にもかかわらず…..、なのである。

 なぜか。その理由は、現行憲法が、私たちの通念とは違って、明治憲法=大日本帝国憲法を引きづっている面がかなりあるように私には思えるからだ。周知のように、現行憲法は1946年に公布されたが、形としては旧明治憲法第73条・憲法改正条項に基づいて、天皇裕仁の名によって制定・公布された。つまり、神聖不可侵な絶対権力の象徴である天皇、しかも無数のアジア人と自国民を殺傷した最終的戦争責任者である人間が、「民主憲法」を制定、公布するという、倫理的には甚だ不条理な、と言うより本来あってはならない手続きをとっている。しかし、法的な手続き上は、現行憲法はあくまでも大日本帝国憲法の「改正」なのである

民衆の側から明治憲法廃棄運動を起こして、民衆が自主的に憲法を制定したわけではないし、それだけではなく、戦時中に民衆を徹底的に抑圧し苦しめた治安維持法や治安警察法などの廃棄要求運動を日本国民が起こした結果でもない。換言すれば、裕仁の名前で、戦前の「ファシズム体制」が戦後「民主国家」に「平和的に移行」したわけである。一方、戦争責任は、連合諸国による東京裁判でごく一部の軍人、政治家、思想家にのみ負わすことで済まされてしまい、これまた我々民衆の側から自主的に戦犯追及を迫ることはほとんどなかったとは周知のところである。



裕仁の詔勅・詔書の形式的断続性と実質的連続性

 このような形での新憲法制定・発布での「平和移行」が、果たして国家としての日本を根本的に「平和国家」に改革したと言えるのだろうか、というのが私の疑念なのである。この形式的「平和移行」は、実は裕仁が出した詔勅にもはっきりした形で現れている。ポツダム宣言を受諾することを表明するために1945815日に出された詔勅については、2015421日にこのブログに載せた「敗戦70周年を迎えるにあたって戦争責任の本質問題を考える」で、私は次のように説明した。



「神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ總力ヲ將來ノ建設ニ傾ケ」(神の国である自国の不滅を確信し、責任は重くかつ復興への道のりは遠いことを覚悟し、総力を将来の建設に傾け)よと述べているように、敗戦によっても、日本が「神」である自分を国家元首に戴く「神州不滅の国」であることに変わりがないことを再確認している。その再確認の上に、日本社会を徹底的に破壊した自分の責任は棚に上げて、国民に対しては、「お前たちには、神の国の復興に努力する責任がある」と、一方的に要求しているのである。



 ところが、1946年の年頭の詔書(いわゆる「人間宣言」)では、「朕ハ爾(なんじ)等国民ト共ニ在リ。常ニ利害ヲ同ジウシ休戚ヲ分タント欲ス。朕ト爾等 国民トノ間ノ紐帯(じゅうたい)ハ、終始相互ノ信頼ト敬愛トニ依リテ結バレ、単ナル神話ト伝説トニ依リテ生ゼルモノニ非ズ」(私は諸君ら国民とともにある。常に利害を同じくして、喜びも悲しみも分かちあいたい。私と諸君ら国民との結びつきは、終始相互の信と敬愛とによって結ばれ、なる神話と伝によって生まれたものではない)と述べて、天皇と国民が一体であることを強調している。つまり、敗戦時には、いまだ「国民の義務は天皇である自分に対し引き続き忠誠心を持ち、従え」と命令しているのに対して、その後5ヶ月もたたない1946年の年頭では、自分の方から国民のレベルまで降り立って、国民にこびるような態度をみせている。もちろん、この態度の極端な変化は、戦犯裁判で訴追される可能性があることをひどく恐れていた裕仁が、生き残りをかけてとった様々な行動の一つであったことは言うまでもない。しかもこの「人間宣言」の冒頭では、明治天皇発布による「五箇条の御誓文」をあげて、日本政治はこの「出発点」に戻るべきでると主張しているのである。しかし、基本的には、憲法と同じように、ここにも「絶対主義天皇」から「民主主義的君主」への「天皇制」の「平和的な移行」が見られる。



新旧憲法に一貫して流れる「国体」観念と「万民翼賛体制」の危険性

 ところが、その「平和的な民主憲法」の1条から8条までが天皇に関する条項であり、これは明治憲法の章だてに沿って設定されていることを、私たちはすっかり忘れているのではなかろうか。明治憲法の1条から17条までが天皇関連条項であり、その1条の「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」が、現行憲法では「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位 は、主権の存する日本国民の総意に基づく」と一応は大変換している。なぜ「一応」なのか。それは、考えてみれば、旧憲法下の日本社会でも天皇は「国体」=「国の形」の生きた象徴(現人神)であったのであり、この国体の下で「万民翼賛体制」が布かれた。この「国の形の象徴」は、そのまま「日本国の象徴、日本国民の象徴」に継承されていることは明らかである。ということは、現行憲法の第1条は「新しい形での<国体>体制」を基本的に謳っていると言えるのではなかろうか。

 もう一度この1条をよく読んでみよう。天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく。」問題は、「主権の存する日本国民の総意に基づく」とあるが、この憲法が制定される前に、実際に国民投票で「国民の総意」が問われることは全くなかった。さらに、この条項は、我々国民が天皇の地位を一方的に規定しているかのように見えるが、よく読んでみるならば、実は我々「国民」の存在もまた象徴である天皇に規定されていると見なすべきではなかろうか。つまり、逆説的に言えば、天皇の地位は国民の総意に基づいているのであるから、その総意に反対である人間は「国民」とはみなされないということになるのではないか、というのが私の理解である。それが言い過ぎであるという批判があるならば、天皇裕仁が「国体の象徴」であり続けることを認めた上で、日本の民衆は新たに「国民」になったのだ、と言い換えてもよい。

 なお、GHQが用意した憲法草案の英語版の1条は、「The Emperor shall be the symbol of the state and of the unity of the people, deriving his position from the will of the people with whom resides sovereign power. 」(強調:田中)である。英語では「the people=人民」という言葉が使われているのに対し、日本語では「国民」となっている。微妙な違いではあるが、私にはひじょうに重要に思える。つまり、1条では、主権者であるべき「人民」一人一人の「個人」的存在が、明治憲法下と同様に、「国民」という全体的統一観念で無意識のうちに否定されているのではなかろうか、という疑念を私はどうしても拭えないのだ。それは、「天皇は国民と共にあり」=「天皇・国民は一体」という虚構の日本社会を作り出している重要な要因であり、拙論「天皇は平和主義者?」でも述べておいたように、天皇が現れる場所には、日本社会の政治社会問題をめぐるあらゆる喧騒・紛争があたかも存在しないかのような虚妄を作り出す重要な機能となっているのではなかろうか、というのが私の考えだ。

 いずれにせよ、私が言いたいのは、この1条には、明治以来の「天皇=国体」観念がその根底には流れ続けているのであり、政治状況に極端な変化があれば、再び日本社会を「万民翼賛体制」へと押しやる危険性を孕んではいないか、というのが私の懸念なのだ。それはあまりにも大げさではないかという批判があるかもしれない、しかし、事実、「万民翼賛体制」への危険性はすでに、926日の衆議院本会議であらわになっている。安倍晋三が所信表明演説で自衛隊員らを讃える拍手を合図に、自民党議員が全員一斉起立して拍手するという異常な姿は、「万民翼賛体制」下の日本社会では全く異常なことではなかった。こんなことが、今、堂々と国会議事堂内で行われ始めたのだ。憲法が改悪されて天皇が「元首」となるなら、「万民翼賛体制」への動きは急激に加速されることは日の目を見るより明らかだ。日本は、もうここまで「ひじょうに危うい」状況に落ち込んでいるというのが、私の憲法第1条との関連での想いだ。
 
実は、現行憲法第1条は、裕仁の戦争責任問題を完全に棚上げし、さらには忘却させる上で極めて重要な役割を果たしたと私は考えているのだが、この問題については、いつか機会をあらためて、詳しく論じてみたい。

新旧憲法に見られるその他の連続性

 他にも、見えにくい形ではあるが、明治憲法からの「引きずり」、とりわけ「理念的引きずり」はまだまだあるが、詳しく議論している時間的な余裕が今はないので、ごく数点だけ挙げておきたい。



 明治憲法第15条「天皇ハ爵位勲章及其ノ他ノ栄典ヲ授与ス」は、現行憲法第7条第7項「栄典を授与する」にほとんどそのまま継承され、勲章制度もその後復活して、栄典・勲章制度で国民のランク付けと国家忠誠心が相変わらず測られるという制度が維持されている。

 明治憲法では、居住・移転の自由、所有権の自由、信教の自由、言論・著作・集会結社の自由などが認められているが、それらの全てが、「法律に定めたる場合を除く」、あるいは「法律の範囲内」とか「安定秩序を妨げず臣民たる義務に背かざる限り」という条件付きの下である。これに対し、現行憲法第11条では、これらの「基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる」(強調:田中)となっている。しかし、我々個々人の基本的人権は国家から「与えられる」ものではなく、個々人が本来、誰にも侵されることのない本源的な個人的権利として、最初から有しているものであると、私は信じる。国が基本的権利を上から「与える」というこの観念は、明治憲法の国家理念のイデオロギー的遺制ではなかろうか、と私は考える。こうした国家理念が安倍晋三のような全体主義的政治家や多くの公務員に今もって強く継承・維持されているのは間違いない。彼らにとっての基本的人権は、いまだに旧憲法の「法律に定めたる場合を除く」あるいは「法律の範囲内」での、「上から与える人権」なのだと思われる。そのことは自民党の「憲法改正草案」にも如実に表れている。

 現行憲法第15条では、「公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」とされているが、彼らにとって「全体」とは「主権者である国民一人一人」ではなく、「国体=象徴天皇の下で統合された日本国民」=「国家」なのである。したがって、そのような国家理念をもった政治家や公務員にとって、当然のごとく「国民」は、基本的人権の保有者ではなく、「管理」の対象とみなされる。このことを明示している具体的な例は多々あるが、文部科学省の公務員による独断的教科書検定や教員の抑圧的管理政策はその典型的な一例である。

 主権者一人一人が有する厳然たる「基本的人権」という理念の、日本社会における希薄性は、日本の法曹界にも強く残っているのではないかとも私は考えている。例えば、最高裁を含む日本の裁判所が、住民の基本的人権と深く関わっている米軍基地問題、自衛隊海外派遣活動や原発設置・原発再稼働問題など、公権力の「違憲性」に関わる重大な訴訟では、ほとんどの裁判官がその「違憲性」の問題に真っ向から判断を下すことを避けて「逃げ」の姿勢をとっている(この点で、2014521日に出された大飯原発差止請求裁判の判決はまさに例外であった)。

  まだまだ述べたい事例はあるが、今はこのくらいで終わりにしておきたい。「独白」にしては長すぎた(苦笑)。ただ、最後に、新旧憲法の連続性とはあまり関係ないが、私が現行憲法上でどうしても改正すべきだと思う、もう一つの条項について一言述べておきたい。それは24条である。

婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有する ことを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。」(強調:田中)

 私は、この条項の「両性」を「両人」に改正すべきだと考えている。相手が異性であろうが同性であろうが、互いに愛し合う権利は、あくまでも二人のプライベートな問題であって、他人に、ましてや国家にとやかく言われる問題ではない。それは、あくまでも侵されてはならない基本的人権である、と私は考える。愛し合う人間が安心して平和に暮らせないところに、本当に平和な社会が構築されるはずがない。



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