2022年7月20日水曜日

核時代の芸術と市民運動

去る4月7日~514日にシドニー大学で開催された核兵器関連のアートの展覧会と5月7日に行われたZOOMセミナーなどについて、企画に尽力された元シドニー大学日本語科教授のクレアモント康子さんが、日本のPOW研究会の会報28号(2022年6月発行)に寄稿された報告を、クレアモント康子さんとPOW研究会のご承諾をえて、ここに転載させていただきます。

 

ART AND ACTIVISM IN THE NUCLEAR AGE _

展覧会・土曜日講座・シンポジウム、202247日~514

開催報告

 

クレアモント康子(シドニー在住)

 

2020年よりコロナ、デルタ株が収まらないため再々度延期になった展覧会「核時代の芸術と市民運動」(ART AND ACTIVISM IN THE NUCLEAR AGE)はようやく202247日から514日にシドニー大学ティン・シェッズ・ギャラリーで開催になりました。本稿はその報告と並びに私が改めて感じた点について、述べさせていただきます。

 

展覧会について

今回の展覧会は核時代を明確にするため、原爆投下(1945年)前後から現在のロシア軍による、チェルノブイリ原発襲撃(2022年)までの76年もの時の流れを視野に入れています。まずは広島・長崎、そして一連の核実験地、ビキニ環礁、マラリンガとその後の被害状況、更に、原発事故―チェルノブイリ(現チェルノービル)・福島とその後、に関するアトミック・アート作品、絵本、漫画、市民運動の旗印になる作品など、特にICANの品々を展示しました。図録が以下のサイトから無料でダウンロードできます。

https://www.sydney.edu.au/architecture/about/tin-sheds-gallery/art-and-activism-in-the-nuclear-age.html

 


 


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

展覧会はできる限り芸術性の高い作品を収集しましたが、同時に意味深い写真や絵本、オッペンハイマー*の能面**、被爆瓶の3D復元なども展示しました。あまりにも数多くの作品があるため当初はどこから始めたらいいのか、困惑しましたが、ティン・シェッズ・ギャラリー専属の学芸員のケイト・グッドウィンさんのおかげで何とか形になりました。入場するとすぐにタイムラインが目に入ります。タイムラインに沿ってその年に起きた核の出来事についての芸術作品のイメージをタイムラインの上と下に張りました。

 

タイムラインに続いて核時代の原点である広島・長崎の作品(深水経孝の『紀陽のあらし、長崎物語』の動画、上野誠木版画『生き残り』、森本順子『無題』、広島市民運動の最たる「市民の絵」12枚と四国五郎「辻詩」、丸木位里・俊の原爆の図「火」)が展示されました。特に「火」は原寸大複製布製で縦180cm90cmの日本の建築規格の一畳の大きさが8枚、のべ720cmで圧巻です。複製であったとしてもいずれも原寸大で、オリジナルに近い形を目指しました。この後に原住民の女性アーチスト3人による核実験地マラリンガの絵画、ビキニ環礁の反核ポスター、チェルノブイリの写真が続きました。4つの陳列ケースにはそれぞれのテーマに沿った作品が並びました。(1)ICANの核兵器廃絶運動Tシャツなど、(2)原爆漫画、(3)絵本、原爆詩集など(4)オッペンハイマーの能面を含む芸術作品の反核運動。

 

市民の絵12枚中の3枚には原爆被害者は日本人のみならず、海外留学生や強制労働者の韓国人、中国人、米兵捕虜が含まれていたことが描写されています。

 

土曜日講演会について

423日と430日の両土曜日の午後、対面で講演会を2度しました。(写真家メリリン・フェアセイクのチェルノブイルの写真とローマン・ローゼンバウムの原爆漫画評論)対面での講演会の良さはZOOMをはるかに超えて、講演者の作品への姿勢が感じられました。

 

シンポジウムについて

57日のシンポジウムはコロナ禍のため、全てオンラインウエビナーで開催し、ほぼ50人が参加しました。4つのセクション(原爆の図美術館の学芸員岡村幸宣、マラリンガのアーチストたち、ICANの創立者を含めた市民運動家3人、アラン・マレットと田中利幸による現代創作能と反核と加害)はそれぞれに第一線をいく市民運動家の活動を聞く良い機会でした。

幸いに展評も展示の区分がはっきりしていること、図録が充実していること、土曜日の講演会、シンポジウムなどを紹介し、好評でした。

https://www.youtube.com/watch?v=BQpgJPkHZcU

 

(田中による付記:

シンポジウムの全てのセクションが上記のyoutubeで視聴できます。

最初のパネル1の原爆の図美術館の学芸員・岡村幸宣さんのプレゼンテーションは日本語<英語字幕付>ですので、ぜひ観てください。素晴らしい内容です。

パネル4「核時代における日本伝統芸能・能楽の力」では、戦争の被害と加害の両方の記憶継承のために多田富雄の「新作能」が活用されるべきであるという内容のプレゼンテーションを私が、さらにシドニー大学名誉教授アラン・マレットが自作の新作能「オッペンハイマー」について説明しています。上記youtubeの最後のほうの4時間22分25秒あたりから始まります。)

 

今回の展覧会で改めて考えさせられたのは核の問題は丸木位里・俊の提唱した、いかなる形でも核の存在を許さないという非核芸術運動の限界でした。プロメテウスの「火」を与えられた人類はその「火」を使って恩恵を受けつつも、武器を開発し壊滅的な戦争を起こし得る存在です。当地ではnon-nuclear(非核)というとanti-nuclear(反核)の間違えではないかと問われました。核のない世界は考えられないのかもしれません。

 

シドニーでの展覧会は終了しましたが、ぜひブリスベンでも開催してほしいという要望があり、展覧会の巡回展がグリフィス大学、POPギャラリーで75日から716日まで開催されることになりました。 _

 

* オッペンハイマー(19041967)はドイツ系ユダヤ人の移民の子でニューヨーク生まれの物理学者。原子爆弾開発を指導し、「原爆の父」と言われる。後年共産党員と思われ公職追放になった。 _

** 英語新作能「オッペンハイマー」(2015年)シドニー公演に使われた北澤秀太作オッペンハイマーの能面。 _


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