―正義を求めるこの夢が、正夢になることを祈ります
1)現存の国際裁判所がイスラエルによるパレスチナ人大量虐殺を審理する可能性は?
この数日、南アフリカ政府が国際司法裁判所(ICJ)に提出したイスラエルによるパレスチナ人大量虐殺に関する訴状に目を通していました。全部で84ページと、それほど長くはありませんが、各ページに小さな文字でびっしりと書き込まれた非常に詳細にわたる訴状で、イスラエルによるパレスチナ支配の歴史的分析も含んだ、なかなか包括的な内容の訴状になっています。
この訴状を読むまで私は知りませんでしたが、南ア政府は、ハマスによるイスラエル攻撃が始まった10月7日のほぼ3週間後の10月30日から12月21日まで、合計9回にわたってイスラエル政府に対して無差別大量殺戮即時停止の要請を出しています。おそらく、これほど継続的に注告的な要請を出した政府は他にはないのではないかと思います。にもかかわらず、イスラエル政府は12月21日まで無視続けました。12月21日の要請に対して、イスラエル政府は初めて応答しましたが、「南アの主張に根拠は全くなく、バカげた中傷である」と一蹴しました。そこで南ア政府は、12月29日にICJに提訴したというわけです。
しかしICJに訴えることに、イスラエルの国際的信用を低下させる ― すでにイスラエルの国際的信用は甚だしく低下していますが ― という政治的な意味はあるとしても、実質的な意味はあまりありません。まず、ICJの役割は、国家間の紛争問題や国連条約義務を履行しなかった問題を取扱う国際裁判所であるため、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相をはじめ国防大臣を含む閣僚や軍指導層の諸個人が犯した「無差別大量虐殺の罪」を裁くことはできません。南ア政府の訴状も、したがって、イスラエル政府がこれまで長年にわたってたびたび国連条約義務を破り続けてきたことの詳しい指摘に集中しています。
1月11日と12日にICJで行われた審理では、南ア側は、イスラエルのガザ攻撃方法は「ジェノサイドの意図」で行われていることを明示しており、イスラエル側が(ハマスによって)受けたいかなる攻撃によっても、自分たちが犯している「(ジェノサイド)条約違反を正当化もしくは擁護する」ことはできないと批判。これに対してイスラエル側は、ジェノサイドと闘っているのは自分たちであり、その自分たちをジェノサイドの罪で批難する南アの主張は馬鹿げていると主張。ネタニヤフ首相も、「イスラエルは、人道に対する罪を犯した殺人テロリストらと戦っている」のであり、南アの主張は「逆さまにひっくり返った世界」を提示していると、これまでのイスラエル批難に対して応答で一貫して使ってきた論調を繰り返しました。米国も、これまで通り、「イスラエルには自衛の権利がある」という主張の繰り返しで、イスラエルを相変わらず全面支持しています。残念ながら、ドイツもまた米国と同じように、南アの主張には根拠がないと主張し、イスラエルを支持しています。
しかし、この2日間のICJ審理でこの問題の議論が終わったわけでなく、これはまだ審理がやっとスタート地点に立ったことを示しているだけです。これから全面的な審理を始める前に、ICJには当該裁判所がイスラエルに対して管轄権を有していることを法的に認定しなければなりませんし、認定した後でも、今度はイスラエル側がICJには南アの提訴を審理する根拠がないと反論することもできます。したがって、実際の審理が始まる前に、認定議論に数年かかってしまうことも考えられます。何年もかかって判決まで行きついたとしても、南ア政府は上訴することは不可能ですし、裁定を執行する手段もありません。これがICJの決定的な弱点です。
では、なぜ南ア政府はイスラエルのガザ・ジェノサイド批難にこれほどまで熱心なのでしょうか。それは、アパルトヘイト(人種隔離政策)に反対する南アの人権闘争を長年の間ひきいてきたのは、現在与党となっている「アフリカ民族会議(ANC)」だったからです。そのANCは、長年にわたってパレスチナ解放機構(PLO)と親交を深めてきました。ANCの指導者たちは、イスラエルによって封鎖されたガザでのパレスチナの人々の生活を、アパルトヘイトになぞらえ、「自決権のために戦うパレスチナ人」を支持する姿勢を粘り強く示してきました。今回のICJへの訴えは、こうした長年のANCによるパレスチナ支持の一環なのです。
前述しましたように、イスラエル国家の諸個人が犯した「無差別大量虐殺の罪」を裁くためには、したがってICJではなく、国際刑事裁判所(ICC)に訴える必要があります。実際、昨年11月には、パレスチナの3つの人権団体 ― アル・ハク(Al-Haq)、アル・メザン(Al Mezan)、パレスチナ人権センター(Palestinian Centre for Human Rights) ― がICCに提訴し、イスラエルのネタニヤフ首相と他の指導者に対し、ジェノサイド(大量虐殺)、ジェノサイドの扇動、アパルトヘイトの罪で逮捕状を発行するよう求めました。この3団体は、イスラエル軍によるガザ包囲と人口密度の高い民間人地域への無差別攻撃は、「(通常の)戦争犯罪」、「人道に対する罪」、「ジェノサイド」に相当するとICCに訴えました。
(その詳細については、下記ブログ記事を参照:http://yjtanaka.blogspot.com/2023/11/palestinian-groups-ask-icc-to-arrest.html )
しかし、ここでも問題は、イスラエルがICCの締約国ではないため、ICCがイスラエルの政治家に対して管轄権を行使できません。理論的には、パレスチナとしては、国連憲章第 7章に基づいて行動する安保理に、ICCに捜査を付託するように求めるという手段があります。しかしこの場合、第2の問題として、安保理常任理事国5カ国のうち、イスラエルを全面支援する米国の他に、中国、ロシアがICCの加盟国になることを拒否し続けていることです。しかも、(拒否権を有する)安保理常任理事国である米英仏の3カ国の上に、日本、カナダ、ドイツ、イタリアを加えたG7諸国は、全てパレスチナを国家として承認することを拒んでいます。国連加盟国193カ国のうち138カ国が国家承認をしているにもかかわらずです。パレスチナは「国連総会オブザーバー」という、議決権のない極めて弱い、差別的な立場に置かれています。よって、国連を通してICCを動かすという手段にも、ほとんど期待はできません。
パレスチナの訴えがICCで認められ、実際に逮捕はできなくとも、最終的にネタニヤフ首相の逮捕状をICCが出すことになれば ― 例えばロシア大統領プーチンに対してウクライナの子どもたちを連れ去った犯罪容疑で逮捕状を出したように ― 、それ自体は政治的には大きな意味を持つでしょうが、その影響力は一時的なものとなることは、これまでの前例からも明らかです。しかし、ICCがネタニヤフ逮捕状を出す可能性は、現在の国際政治状況から鑑みて、実際にはほとんどないと考えた方がよいでしょう。
2)イスラエルによるガザ地区パレスチナ人大量虐殺を裁く国際民衆法廷の必要性
しかも、G7、とりわけ米英両国政府は、強力な政治経済的影響力を持つユダヤ系市民の存在もあって、イスラエル軍のガザでの残虐行為に対する批難の声はほとんどあげず、奇襲攻撃で1,200人あまりのイスラエル人を殺害し、150人以上を今も人質としているハマスだけを一方的に糾弾することを続けています。またドイツ政府は、ホロコーストの重い加害責任という精神的負目からか、これまたイスラエルの戦争犯罪行為をほとんど問題にせずに、イスラエルに「自衛権」があることだけを強調してきました。つい今月初めになって、ベアボック外務大臣が、訪問先のパレスチナ自治区ヨルダン川西岸地区で、イスラエル人の入植者によるパレスチナ人への暴力が増加していることを指摘し、「ここに合法的に住んでいる人々が違法に攻撃されている場合、法の支配の実施と執行はイスラエル政府の責任だ」と述べて、初めてイスラエル政府を批難しました。彼女はまた、イスラエルのカッツ外相やヘルツォグ大統領との会談後にも、イスラエルはガザ地区での軍事行動で、パレスチナの民間人をもっと保護しなければならないと述べて、イスラエル軍のガザ攻撃方法を批難しました。こうしたドイツの対応の変化は、明らかに世界各地における激しいイスラエル批難と即維持停戦要求を訴える市民運動の拡大を反映していると考えられます。しかし、そのドイツ政府も即時停戦は要請していません。最初から腰が抜けてしまっている状態です。
そこで、イスラエルによるガザのパレスチナ人大量虐殺 ― 2024年1月21日現在で約2万6千人の死亡者、その大半が女性と子ども ― が、明らかに「集団殺害罪の防止及び処罰に関する条約(通称「ジェノサイド条約」)=1948年12月9日の第3回国際連合総会決議260A(III) に違反する由々しい犯罪行為であることを、世界市民による国際民衆法廷という市民運動で明らかにし、イスラエル閣僚と軍指導者たちが戦争犯罪人であることを、世界に向けて、とりわけ米英独を含むG7諸国家政府と市民に対して訴えることが重要であると私は思います。同時に、そのイスラエル政府を全面的に軍事援助している米国政府は、この「ジェノサイド条約」の第3条(b)「集団殺害を犯すための共同謀議」を犯している疑いがあります。さらには、「侵略戦争、国際条約、協定、誓約に違反する戦争の計画、準備、開始、あるいは遂行、またこれらの各行為のいずれかの達成を目的とする共通の計画あるいは共同謀議への関与」を「平和に対する罪」であると見做すニュルンベルグ憲章第6条を、米国がイスラエル支援で犯している疑いもあります。よって、こうした国際法違反の観点から、米国大統領や国務長官を含む米国政府閣僚たちの犯罪責任を追求する必要があることを ― その法的証明は容易ではないかもしれませんが ―、このような国際法的市民運動で世界に向けて訴えることも、私たち世界市民としての責任だと思います。
とりわけ、無数の同朋市民の命を原爆無差別大量殺戮という「人道に対する罪」の ― そして戦後に設置されたとはいえ、「ジェノサイド条約」にも抵触する ― 戦争犯罪行為で奪われた広島市民にとっては、世界のいかなる場所においてもジェノサイドを防止する、ジェノサイドの被害者としての責任があります。なぜなら、言うまでもなく、広島・長崎原爆無差別大量殺戮は、ジェノサイドの史上最悪のケースだからです。戦争犯罪被害者には、他の誰をも同じ戦争犯罪の被害者にさせてはならないという、将来に対する倫理的責任があるのです。
同時にまた、15年戦争という長期にわたるアジア侵略戦争で、数千万人にのぼる中国人、朝鮮人をはじめ多くのアジア・太平洋諸民族の人たちの命と、連合軍諸国の捕虜と市民の命を奪った日本には、「再び同じ過ちを、世界の誰にも犯させてはならない」という戦争加害責任があります。
この複合的戦争責任を追求すべきという「広島市民の責任」を果たす上で、「ガザ地区パレスチナ人大量虐殺を裁く国際民衆法廷」を広島で開廷することは、真の意味での平和運動を広島に根付かせ、それを強化・拡大し、世界に向けて展開していく上で、絶対に必要であり且つ価値のある市民運動の進め方であると私は確信します。
3)初夢としての「ガザ地区パレスチナ人大量虐殺を裁くヒロシマ国際民衆法廷」の開廷
そこで、私が観た今年の初夢についてお話しします。誰が言い出したのか、「広島で『ガザ地区パレスチナ人大量虐殺を裁くヒロシマ国際民衆法廷』を開廷しましょう」という大風呂敷を広げた声が上がり、これに呼応する熱い賛同の声が日本各地からあげられました。さらに驚くべきことには、アメリカやイギリス、ドイツだけではなく、G7諸国の多くの市民の反戦・平和運動団体からも賛同が寄せられました。それだけではなく、開廷には多額の資金が必要ですが、世界各地から寄付金が寄せられ、その中には世界各地にいるユダヤ系市民が参加している反戦平和運動団体からも多額の寄付金が送られてきました。
そのうえ、各国から多数の良心的な国際法専門家が、法律アドバイザーとしてぜひこの運動にボランティアーとして参加したいと申し出てくる人たちが現れました。この民衆法廷運動は、そうした世界的広がりでの運動として急速に推し進められることになり、オーストラリア出身で英国に本拠を置く国際人権専門法律家として世界的に有名なジェフリー・ロバートソン(Geoffrey Robertson)や、ユダヤ系アメリカ人の傑出した政治哲学者でフェミニストのジュディス・バトラー(Judith Butler)をはじめ、米国大統領・国務長官・国防長官は軍事援助や政治的支援によってイスラエルの「大量虐殺を幇助」することで、イスラエルの犯罪に加担していると主張している「米国憲法権利センター」の上級弁護士、キャサリン・ギャラガー(Katherine Gallagher)などの優秀な知識人たちが、判事や検事の任務を果たしてくれることを快諾してくれました。
世界各国からのこうしたボランティアーの国際法専門家や哲学者、歴史家たちによって組織された「ガザ地区パレスチナ人大量虐殺を裁くヒロシマ国際民衆法廷」設置委員会が立ち上げられ、ICCローマ規定に倣って「ヒロシマ国際民衆法廷憲章」が作成されました。この憲章に沿って、イスラエル首相、国防大臣、国防軍参謀総長と次長、陸軍・航空宇宙軍・海軍の各司令官などが大量虐殺の被告人として認定されました。米国大統領・国務長官・国防長官もまた、「大量虐殺を幇助」=「集団殺害を犯すための共同謀議」の罪に問われました。公平公正を期すために、この法廷はイスラエル軍によるガザ地区パレスチナ人大量虐殺の犯罪だけではなく、ハマスによる1,200人あまりのイスラエル市民虐殺と150人以上の人質強制監禁の犯罪についても検証することを明らかにしました。
しかし、この国際民衆法廷は、これだけでは終わりませんでした。せっかく広島で開廷する民衆法廷に世界各地から傑出した国際法専門家が集まるのであるから、核兵器使用はもちろん、核抑止力=核兵器保有それ自体も「平和に対する罪」であることを検証する「特別国際民衆法廷」を、「ガザ地区パレスチナ人大量虐殺を裁くヒロシマ国際民衆法廷」の後に開廷することになりました。この特別法廷は、2006年7月に広島で開廷された「原爆投下を裁く国際民衆法廷・広島」の継続法廷として位置づけられ、「原爆投下を裁く国際民衆法廷・広島」が出した判決をここで再度確認することになりました。こうして、イスラエルを含む現在の核兵器保有国のすべての国家政府の「平和に対する罪」が、この「特別国際民衆法廷」で検証されることになったのです。
この画期的な2つの国際民衆法廷が広島で開廷されたことで、核兵器をしっかり抱きしめているアメリカが、近年なんとか「広島を抱き寄せ」ようと打ち出している様々な卑劣な画策が、日本だけではなく、世界各地の反核平和市民運動団体から猛烈な批判のマトとされるようになりました。
こんな素晴らしい初夢でしたが、近い将来、これが正夢になってくれることを切に祈ります。
*「原爆投下を裁く国際民衆法廷・広島」
https://web.archive.org/web/20061019065808/http://www.k3.dion.ne.jp/~a-bomb/index.htm
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