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2023年8月21日月曜日

「安倍国葬 違憲」訴訟 意見陳述書

昨年927日に日本武道館で行われた安倍晋三国葬儀への招待名簿について、今月はじめに共同通信が内閣府に情報公開を請求したところ、その名簿の74%がいわゆる「のり弁」=黒塗り、つまり非公開だったとのこと。外国からの出席者 734 人を含め 4,170 名が出席したが、『東京新聞』(86日)によると、安倍と交友があった著名人を含む「遺族・遺族関係者」は 96% が、元国会議員は 100% が不開示だった。

この国葬に使われたほぼ 12 億円もの多額の経費の全額を国が つまり国民の税金で 賄ったわけであるが、自分たちの税金を使われた国民としては、当然、出席者に関する情報を知る権利があるはずである。出席者が名前を知られることに不都合を感じるような「国葬」であるならば、その「国葬」のやり方自体に「正当性がない」という「後ろめたさ」を、岸田首相をはじめ政府関係者たちが抱いていると推測できる。国葬については「法的根拠や基準がない」との批判が当初から続出したにもかかわらず、国会での説明もほとんどないまま、「閣議決定」で決めてしまった。法的根拠がない場合には「閣議決定」という文字通りの「無法な決定」で押し通してしまうというメチャクチャなやり方も、岸田政権は安倍政権から継承している。まさにこれは無法国家のやり方で、日本は「民主主義」国家とは言えない状況にまでなっている。

 

黒塗りされた安倍晋三国葬儀・招待名簿

 

 

私は前回のブログ記事で、政治家たちの大嘘が日常茶飯事化しつつあり、その結果「真実の言葉が空虚化」していることを指摘しておいたが、国葬問題の裏にも、この「真実の言葉の空虚化」という由々しい問題がある。

現在、東京地方裁判所で審理中の「安倍国葬 違憲」訴訟で、増田都子さんが述べられた意見陳述書を、ご本人のご承諾をえて、ここに紹介する。ここには、安倍や岸田の嘘を、さらには正義感を失っている日本の裁判官の情けなさを、増田さんが「真実の言葉」で厳しく抉り出していることに、私は痛快を感じる。増田さんはジャーナリストではないが、日本のジャーナリストの中には、増田さんのように「真実の言葉」で「政治家の嘘」を徹底的に追求する記者や評論家がひじょうに少ない。まれにそのような人がいるとすれば「奇人」扱いされるという日本の今の状況は、まさに「異常」であるというべきである。つまり、そこまで日本の「民主主義」は崩壊しつつある、と私は言いたい。

 

(ちなみに、私も昨年8月に、このブログで「国葬は民主主義を破壊する」と題する評論を載せておいたので、あわせてお目通しいただければ光栄である。

http://yjtanaka.blogspot.com/2022/08/blog-post.html

 

 

東京地方裁判所 御中

陳述書

2023年7月24日

増田都子(元中学校社会科教員)

 

1,安倍晋三は国賊というにふさわしく、国葬など全くふさわしくないこと。

 私は去年7月8日、たまたま見ていたテレビに「安倍首相、銃撃される」のテロップが流れた時、心の中で力いっぱい彼に向って引き金を引いた者です。

 

私は博愛主義者ではありません。彼は万死に値する! と確信しています。ただ1回の銃撃死などでは足りません。彼は日本国憲法の平和主義を破壊し、この憲法を作らせるに至ったアジア太平洋戦争での犠牲者、日本人310万人…その中には暴力で無理やり日本人にした朝鮮半島出身者もいます…と中国人を中心とするアジア人2000万人の犠牲者の「日本はもう二度と戦争をしないで!」という魂の叫びを踏みにじったのです。2310万回、死んでもいいはずです。

 

大日本帝国敗戦後、通算8年8か月にも及んだ最長政権と言いますが、彼が日本国の最高権力者である内閣総理大臣としてやったことは我が国の最高法規である日本国憲法の破壊活動です。彼は日本国の「国の形」の破壊、すなわち、最高法規であるはずの日本国憲法の大原則、平和主義・民主主義を破壊しました。今、刑務所にいる殺人犯など足元にも及ばない大罪人です。

 

彼が尊敬する祖父・岸信介が東条内閣の閣僚として真珠湾攻撃開始に判を押して始まった太平洋戦争の結果、大日本帝国は焦土となり、原爆投下までされて、日本人310万人の死者と、それに数倍する2千万人ともいわれる膨大なアジア人の死者…日本軍による虐殺者を含め…の山が築かれました。

 

岸は侵略国家、即ち他国に対する強盗殺人国家であった大日本帝国がでっち上げた傀儡国家満州国の官僚の実質NO.1であり、莫大なアヘン専売の利益を一部私物化し敗戦時、GHQにも極秘情報と共に差し出した可能性があります。東条がA級戦犯として死刑なら彼も死刑が相当のところ、A級戦犯容疑者でありながら不起訴となり釈放された理由でしょう。そして、彼はCIAのエージェントとなり(『CIA秘録』上巻)、石橋湛山死後、日本国民にとってはあまりにも不幸にも転がり込んできた内閣総理大臣として安保条約を改定し、日本国の主権をアメリカにさらに深く売り渡し属国化への道を深めました。そして当時でも反社会集団であることが明らかだった統一協会の創始者と深く親交を結び、我が国に統一協会を扶植しました。この親交は安倍晋三まで三代続きました。まさに、彼は正真正銘、国賊の嫡孫です。

 

その安倍晋三が、統一協会によって家庭も人生もメチャクチャに破壊された若者によって銃撃死したことは、まさに因果応報の見本といえましょう。

 

しかし、こうしたことは敗戦当時の人たちには夢にも考えることはできず、国の内外2310万人の惨死と彼らを愛した家族たちの無慮何千万の涙と、焦土と化した国土の上に、やっとやっと、日本国民が手にすることができたのが「もう二度と戦争はしない」という日本国憲法なのです。「戦争放棄の平和主義・国民主権・基本的人権の尊重」を三大原則とするのが現在の「『日本という国』の形」です。「天皇の命による戦争主義・天皇主権・無基本的人権」の大日本帝国とは全く正反対の「国の形」になったのです。

 

ところが、安倍晋三ときたら、あるネット番組で公言しました。

「日本国憲法の前文には『平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した』と書いてある。つまり、自分たちの安全を世界に任せますよと言っている。そして『専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う』。

 自分たちが専制や隷従、圧迫と偏狭をなくそうと考えているわけではない。いじましいんですね。みっともない憲法ですよ、はっきり言って。それは、日本人が作ったんじゃないですからね。そんな憲法を持っている以上、外務省も、自分たちが発言するのを憲法上義務づけられていないんだから、国際社会に任せるんだから、精神がそうなってしまっているんですね。」

 この発言からも安倍晋三という人物には日本語の読解力が不足していることは明らかで、かつあまりにも無知で無教養であることが明らかです。

「専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う」からには、日本国自ら「専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努め」ることが前提であることは中学生でも読めばわかります。中学校社会科の教員として、日本国憲法前文の暗唱を課した時「この部分が好きだ」という生徒が多くいました。

 日本国憲法は「日本人がつくったんじゃない」事実はあるけれども、天皇制を何とか残したい日本人為政者とGHQとの合作が原案であり、帝国議会で修正をしながら圧倒的多数で採択されたものであることは、少しでも憲法史を学習すれば理解できることであるのに、己の無知を棚に上げ、膨大な犠牲の山の上に日本国民が手にした最高法規を「いじましい、みっともない憲法」などと貶め、侮辱し、この平和主義を破壊することを信条として恥じない人物、それが安倍晋三でした。彼は大日本帝国が始めた侵略戦争による我が国内外の2310万人の犠牲者の魂が書き込ませた、ともいうべき日本国憲法を踏みにじって恥じない人物でした。

 

「国賊」の定義は「自国害をなす者、国に損害を与えたり国家尊厳貶めたりする者をののしっていう語」ですが、安倍晋三にピッタリ当てはまります。

 

ジャーナリストの青木理氏の著作『安倍三代』によれば、晋三の母校・成蹊大の恩師でもある加藤節(成蹊大名誉教授、政治学)氏にインタビューした際、加藤氏は安倍政権の顕著な特質を「『ふたつのムチ』--すなわち『無知』と『無恥』に集約されると辛辣に批判した」ということです。

 

 そういう晋三がやったことが「集団的自衛権行使は合憲」という閣議決定です。国の憲法の番人である内閣法制局長官が歴代「違憲」と言い続けていたことを、自分の言いなりになる人物を長官の座に座らせて「合憲」と強行しました。既に日本国は安倍晋三によって「法の支配」は無くなり「人の支配」に落ちぶれてしまっています。中国などを非難するとき、日本政府は「法の支配」という言葉を振りかざしますが、どの口が言うのか? いわゆる「おまゆう?(お前が言うか?)」です。

 

2014年7月1日のこの違憲の閣議決定は、日本国最高権力者・内閣総理大臣である安倍晋三による憲法破壊クーデターと言うべきではないでしょうか?

 

 集団的自衛権を実行・行使すれば…具体的には、他国の戦争、つまり、アメリカを守る戦争の為に自国の若者である自衛隊員の命を差し出すことになるでしょう。

彼はハッキリ言っています。「わが国の領土と領海は私たち自身が血を流してでも護り抜くという決意を示さなければなりません。…まず日本人が命をかけなければ、若い米軍の兵士の命もかけてくれません(『ジャパニズム』20125月号)」

軍事同盟というのは血の同盟です。日本がもし外敵から攻撃を受ければ、アメリカの若者が血を流します。しかし、今の憲法解釈のもとでは、日本の自衛隊は、少なくともアメリカが攻撃されたときに血を流すことはないわけです。…双務性を高めるということは、具体的には集団的自衛権の行使だと思います。(『この国を守る決意』より)」

 自分は絶対に「自衛員とともに血を流す」ことはないのです。「私たち自身が血を流してでも」と言いながら、「私たち」の中には自分が入るつもりはなかったでしょう。

 

 また、「ひとたび攻撃を受ければこれを回避することは難しく、この結果、先に攻撃したほうが圧倒的に有利になっているのが現実であります首相在任中の2018年2月14日の衆院予算委員会)」とか「憲法上は原子爆弾だって問題ではないですからね、憲法上は。小型であればですね」(「サンデー毎日」0262日号)とまで発言しています。内閣総理大臣が「先制攻撃が圧倒的に有利だ」とか「日本核武装も今の日本国憲法下でできる」などと公言したのです。

 安倍政権によって、既に、日本国憲法第9条は無視され、安全保障関連法案というアメリカを守るための戦争関連法案が強行成立させられてしまいました。その憲法破壊者・安倍晋三を国葬を以って顕彰したのが岸田政権です。そしてこの政権による安保三文書などという「戦争やる気満々」三文書によって、いつでも、アメリカ軍の指揮下、自衛隊員たちはアメリカを守るために戦争する体制が出来上がってしまいました。

 

 こんな日本国憲法の大原則である「平和主義・憲法9条」破壊の大悪事を、憲法尊重擁護義務を持つ安倍晋三は内閣総理大臣としてやりおおせたのです。

 

 他にも安倍晋三の悪事・違法行為は、数えるのも困難なほどたくさんあります。WEB論座「安倍政権の7年余りとは、日本史上の汚点である」(白井聡 京都精華大学人文学部准教授)の2020年の論考を利用させていただければ以下のようなものがあります。

 

山口敬之レイプ事件=自分の子分の性犯罪もみ消しの為に権力を行使」「森友学園事件=夫と共に『教育勅語が大好き』昭恵夫人のために国有地を叩き売り、権力を使って公文書を改ざん」「加計学園事件=法を破ってでも友達優遇、公金の横流し」「桜を見る会=公金を使って有権者を買収」…「公金チューチュー」どころか「公金ガブガブ」です。さらに「河井夫妻の事件=公金を使って子分への肩入れ」等々。

 

どれ一つとっても内閣が潰れてもいい案件だと思いますが、最高法規ではなく、最高権力者に靡き忖度する司法の下、日本国は既に法治国家ではなくなっているので、安倍晋三政権は続きました。

 

また、これらの悪事・違法行為を隠ぺいするために安倍晋三は約二百回、国会で嘘を吐きました。彼ら夫婦が「教育勅語」道徳が大好きなのは「嘘を吐くなかれ!」という万国普遍である道徳の根本原則が無く、ひたすら「上が言うがままに従え・戦争しろ」が根本原則だからでしょう。

 

 さらにアベノマスク等の愚策もありますが、許せないのは愚かな思い付きで「全国一斉休校」をさせたことです。2020年3月2日から、安倍晋三内閣総理大臣の思いつきの指示によって、保育園・幼稚園から大学まで、ほぼ日本全国で一か月も休校ということになりました。まだ、それほどコロナ患者は出ていなかったのです。あの頃の数字で休校しなければならないのなら、ほぼ3年間、全国の学校は一斉休校しなければならなったでしょう。

 

 安倍は小学校から大学まで私立のエスカレーターで受験をしたことがなく、就職もコネ入社です。血統書がものを言い、受験でも就職でも苦労したことは無いわけです。政治家…政治屋と言いたいですが…になっても血統書の威力が、彼の無知・無能・無教養を覆い隠してくれました。血統書などない庶民は、学力をつけること、受験すること、就職試験を受けること等のためにどれだけ苦労することか…

 

 島根県・岩手県など、良識ある知事の判断で一斉休校をしていない所もほんの少々はありましたが、この「全国一斉休校」という超愚策は、安倍晋三にとっては「次世代の学力などどうでもいい」ということです。また、保育園を休ませなければならなくなった勤労市民がどれだけの苦労をするかなど、想像もできなかった、ということです。

 

 「全国一斉休校」という、子どもたちの「教育を受ける権利」の侵害という大悪事については、なぜか安倍の大罪を言う人でも現在はあまり出されませんが、子どもたちは「補償しろ」などとモンクを言わないからでしょうか…。

 

 まだまだ安倍晋三が内閣総理大臣として成した悪事は挙げればきりがないのですが、これほどまでに「日本国に害をなした内閣総理大臣、日本国損害を与え、国家尊厳貶めた内閣総理大臣」は、岸信介を除けば大日本帝国敗戦後、いなかったのではないでしょうか。もしかしたら岸田首相が超えるかもしれませんが…。

 

 こんな人物が「国家に最高の貢献をした人物に対する追悼儀式」としての「国葬」に値しますか? 彼は「日本国」という国家の「国の形」である「戦争放棄という平和主義」の破壊活動に奔走し、違憲・違法活動を積み重ねて「日本国という国家の破壊に貢献した人物」であり、まさに「国賊」という名称を与えるのがふさわしい人物です。

 

安倍晋三は絶対に「国葬」などに値する人物ではありません!

 

2,安倍晋三の国葬に法的根拠はなく、この強行は行政法律主義に反すること。

 現在、「国葬」の法的根拠はありません。岸田首相は「内閣府設置法4333号に、内閣府の所掌事務として国の儀式に関する事務に関することが明記されている」ことを根拠としていますが、憲法学者小林節氏は、それは「皇室典範(法律)25条で決まっている国葬などの儀式を内閣が執行する規定であって、内閣が元首相の国葬という新しい儀式類型を創出して良いという規定ではありません。だから、今回の閣議決定は明らかに違憲です」(AERA 2022年07月27日号)と断定しています。

 

 日本国憲法の破壊活動を続け、戦争放棄・平和主義を破壊し「日本国に害をもたらした人物」を、事実とは真反対に「国家に最高の貢献=益をなした人物」などと偽り、高額の税金…私が支払った税金も含まれています…を費やしての「国葬」強行は、思うだけでも今もって私に大きな精神的苦痛をもたらしています。

 

 今まで、日本国憲法と法律を判決の判断基準としない裁判官の方々は「政府が税金を使って安倍元首相を国葬したからって、別にあなたが不利益処分を食らったわけではないでしょう?」として訴えを却下して平然としています。

 

しかし、「国葬」とは「国家葬」であり「この国葬される人物は、国家に最高の貢献を行い、益をもたらした人物であるから、国家成員全員が最高の敬意の精神を持って追悼しなければならない」と日本国家の成員全員に精神的強制をするもので、それぞれの成員が独立した人格として持つ「精神の自由」に対する「強制処分」以外の何でもありません。

 

常識的判断力さえあれば、安倍晋三ほど「国賊」という名称がふさわしく、「国葬」には全く値しない、という判断は容易なはずです。

 

国民主権の現在の日本国憲法下で,閣議決定によって法律には無い元首相の「国葬」という儀式を日本国行政府が執行したことを日本国司法府が合法とするなら、もし、岸田首相が一議員となって死亡した場合も、後継政権が閣議で「国葬にする」と決定しても合法となるでしょう。それでいいでしょうか?

 

日本国の最高法規である日本国憲法の平和主義、民主主義国家の大原則である行政法律主義を安倍晋三という内閣総理大臣が破壊し続け、岸田政権はそれを踏襲し続け、日本国は今「法治国家」とか「法の支配」の下にある、などとは言えないほどに落ちぶれてしまっています。その原因の一つは彼らをチェックするどころか忖度し、追認し続けた司法機関であり、大きな責任があると私は思います。

 

裁判官の皆様、

日本国憲法第99条の憲法尊重擁護義務を果たしていますか? 第76条三項「良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束され」ていますか?

 

この裁判は裁判官の方々の良心を問うものでもあることを、どうか忘れないでください!

以上


2022年8月14日日曜日

国葬は民主主義を破壊する

民主主義を破壊した張本人、安倍晋三

7月8日、安倍晋三が殺害されるや、どの政党の党首も、そろって「民主主義を破壊する卑劣な暴力行為は決して許せない」という内容の声明を出した。これは当然の発言で、誰も異存は全くないはずである。

しかし、民主主義を破壊するのは、目に見える物理的な形の暴力だけではない。ノルウェーの平和学研究者であるヨハン・ガルトゥングは、暴力行為の主体が見えない暴力、とりわけ貧困、飢餓、抑圧、差別、愚民政策などを「構造的暴力」と呼んだ。顧みてみれば、安倍晋三は、ヘビー・スモーカーが汚い煙をパクパクといつも吐いているが如く、嘘と誤魔化しの発言を絶えず吐きながら、この「構造的暴力」をフルに活用して「民主主義を破壊」した張本人であった。

「経済再生政策」と称するアベノミクスでは物価上昇・賃銀格差を急増させながら、その一方で毎年の防衛予算の巨額の増大。その重い負担が国民一人一人に課せられ、多くの一般市民、とりわけ日々の生活費高騰に苦しんでいる母子家庭や高齢者、ホームレスの人々の生活を逼迫させた。その人たちの困窮化は、今もさらに進行中である。多くの国民は生活を「再生」するどころか、どうしたら生きていけるかと艱難辛苦の毎日である。

森友学園、加計学園、桜を観る会では、国民の税金を自分のポケット・マネーのように、文字通り湯水のごとく使った。その事実が露呈されそうになるや、自分にへつらう支配下の官僚たちに証拠の隠蔽、改竄、廃棄をさせて自分の罪を逃れた。夫婦そろって最も責任のある「森友学園問題」では、その最終的責任を押しつけられた財務省の職員の一人を自死に追い込んだ。これが「暴力」でないとしたら、何と呼べばよいのか!

破廉恥にも、ガルトゥングの「積極的平和」という概念を全く逆の意味に用いて、明らかに違憲である集団的自衛権を認める戦争法制定、特定秘密保護法制定、や共謀罪創設を、彼の典型的な虚妄の主張のゴリ押しで次々と実現させた。(安倍のスピーチ・ライターの中には、ガルトゥングの「積極的平和」概念を意図的に誤用することを思いつくような、悪意に満ちた狡猾な知識人がいたようである。)

フクシマ事故の忘却を狙った東京オリンピック誘致の演説では、「フクシマについて、お案じの向きには、私から保証をいたします。状況は、統御されています。東京には、いかなる悪影響にしろ、これまで及ぼしたことはなく、今後とも、及ぼすことはありません」と世界に向けて大嘘をついて、その厚顔無恥のほどを曝け出した。放射能汚染水は今も大量に流れ込んで、完全に「制御不能」である。

外交では、彼の国家(=人種)差別意識が露骨に反映された。例えば、韓国に対しては、「日本軍性奴隷(いわゆる「慰安婦」)」問題での日本に対する戦争責任追求を「最終的かつ不可逆的解決」と称する「日韓合意」で終わらせようとした。この「合意」もまた安倍特有の誤魔化しで、事実は「10億円出すから今後はこの問題については黙れ」、つまり10億円という金で日本軍性奴隷の存在という歴史事実に関する記憶を買い取り、その記憶を抹消することを目的とする、傲慢不遜きわまりないものだった。

その一方で、アメリカに対しては卑屈といえるほどの低姿勢をとり、日本軍性奴隷問題では全く無関係のブッシュ大統領に謝罪し、沖縄基地問題や武器購入ではオバマやトランプ大統領に、飼い犬が尻尾をふるが如く媚びへつらって、武器の爆買いも行った。

再度述べておくが、安倍は「構造的暴力」をフルに活用して、元々脆弱な日本の民主主義を破壊した人物である。さらにトランプと安倍の2人は、大嘘をつきまくった国家首脳として歴史に名を刻み込んでおくべき人物である。

 

  

国葬は国家権力による民主主義破壊行為

岸田政権と自由民主党は、このような民主主義破壊者である政治家の死を、今度は国葬という形で政治的に利用しようと躍起になっている。

奇しくも、宗教というまやかしの蓑を被り、一般市民の精神的弱みにつけ込んで金を巻き上げ、反共を唱えている似非宗教団体(=実際には政治団体)と、多額の「寄付金(=賄賂)」を受け取ることに倫理的に無感覚になって腐敗しきっている多くの自民党議員との間での長年にわたる癒着が、安倍殺害事件を機にあばきたてられた。これを隠蔽する有効な手段として、安倍晋三を「立派な民主主義の防衛者」として祀りあげ、安倍が生前についた多くの嘘の上に、さらなる嘘で安倍を二重に覆い包み、自民党という政治権力の保身に努めるために、多くの外国人首脳を迎えて荘厳な国葬を執り行うことで、国民の思考を麻痺させようという目論みである。「卑劣な暴力」の犠牲になった政治家は、このような国家による神話化に利用するには最も都合の良い人物である。

ここには、靖国神社に東條英機をはじめとするA級戦犯たちを祀ることと同じロジックが働いている。A級戦犯という戦争犯罪人であっても、一旦、神社に祀られれば、「尊く、聖なる」人間として記憶され、崇められなければならず、彼らの個人的な過去は問題にしてはならないのであり、そのような軍人を生み出した日本帝国主義の歴史も問われてはならない。

同じように、国家権力が国葬を行うことで特定の人間を弔うことは、国家権力の正当化に都合の良い人間を祀り、その人間を神話化することで、国家権力そのものを正当化することと、実は直結しているのである。したがって、国葬は、国家権力を掌握している特定の政党、政治家に政治的利益をもたらす目的で執り行われ、「非政治的で、政治的に中立的な国葬」などというのはあり得ない。よって、国葬は明らかに憲法違反であると同時に、民主主義を破壊するたいへん危うい政治行為なのである。

さらには、これまた世界的に見られる傾向であるが、国葬の対象となる人間の大多数が男であって、女が国葬で弔われるというケースは極めて少ない。なぜなら、国葬の対象となる多くの男たちは政治家であり、近年急速に変わりつつあるとはいえ未だ政治の世界は男の世界であり、とりわけ日本ではそうである。したがって、国葬は、男優位文化を強化させることにもつながっている。

また、多くの国で、国葬には死者の霊を護衛する儀仗兵が葬礼で重要な役割を担い、弔砲や弔銃の発射を行うという儀式も行う。日本では天皇の「大喪の礼」で自衛隊がその役割を担う。このことは、国葬を通してその国家の軍事力を国民に向けて正当化するという象徴的な意味を持っている。すなわち、「国家は軍事力という暴力組織を持つことによって、初めて国家たりうる」という思想の正当化という役割を、儀仗兵は国葬を通して果たす。その意味でも、国葬は日本国憲法、とりわけ憲法前文と9条の理念に反している。

こうして国葬のもついろいろな要素を考えてみると、国葬は明らかに国家権力による民主主義破壊行為であり、これに徹底的に反対し、中止させることは、たいへん重要な市民の民主主義運動なのである。このことを私たちはしっかり自覚し、国葬反対の声を全国的規模で広げていく必要がある。

 


2020年9月7日月曜日

自民党総裁選挙前に


笑話のようで、実は笑い話でない真面目なパロディ

登場人物:
爺さん(60年安保闘争時代の元活動家)と熊さん(少々頭は弱いが気のいい人間)

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熊:「安保爺さん、後期高齢者には危険なこのパンデミックのときに、マスクもせずにこんな街路をぶらぶらと歩きまわって、いったいなにをしてるんかね?」

爺さん:「わしに呼びかけるときは、安保と<反>をつけろと前から言っているだろう、うすのろ熊め!マスクをしていてもいなくても、この腐った汚臭には気がつくはずだ。気がつかないならよっぽど鈍感だが、お前もマスクをはずしてこの臭いを嗅いでみろ、馬鹿め!」

熊:マスクをとって臭いを嗅いでみる。「ひゃ〜、こりゃひでいや、これなんの臭い?」

爺さん:「犬の糞なんだが、その糞がどうも垂れ流しのような状態で、わしにはどうもこの犬は潰瘍性大腸炎にかかっているように思えるんだ。」

熊:「え?潰瘍性大腸炎っていうと、あの人を痔忍(本人は「辞任」のつもり)に追い込んだあの評判の難病?まさか、ワンチャンがそんな病気にはなるめいよ。」

爺さん:「犬だって贅沢させられるとこういう難病にかかっても不思議ではない。この犬は、向こうに見えるあの大邸宅で飼われている犬なんだが、<大モリカケそば>と<サクラもち>が大好きな飼い主夫婦に、同じものをワンサと喰わされて、いつも消化不良を起こしていたんだが、最近、売れ残った<安倍川餅>まで喰わされているという噂だ。どうも消化不良の症状が<安倍川餅>で悪化して、潰瘍性大腸炎になったとわしは判断している。毎日、散歩に連れ出された犬がこの街路を通ったあとは、糞が垂れ流し状態で、汚泥のような汚くて悪臭漂う糞があちこちに落ちている。気をつけないと、お前も自分の安物の靴をその汚物で汚すぞ!」

熊:「<安物>はよけいなお世話だが、そんなめちゃくちゃな、たまったもんじゃないな。<ちゃんと糞の後始末をしろ>と、なんで安保爺さん、じゃなかった安保爺さんは飼い主に文句を言わないんだね。」

爺さん:「不思議なことに、あの馬鹿夫婦には通常の責任感とか倫理観が全く通用しなくて、他人にどのくらい迷惑をかけているのか全く分かっていないのだ。金さえあればなんでもできると思っている、救いようがない夫婦だな。海外に出かけては、全くいらないものばかり爆買している。夫のほうは軍事オタクで、武器が大好き。家の中はアメリカ製のジェット戦闘機、爆撃機、ミサイル、空母などのオモチャでいっぱいだとよ。妻のほうは、若い芸能人を招いて、酒を飲んでドンチャン騒ぎするのがご趣味だそうで、花見の時期には毎晩大勢お仲間を招いて、花火まであげて、キャーキャー騒ぎやがって、うるさくてしょうがない。迷惑極まる生活ぶりだな。」

熊:「どこか他に苦情を申し出るところがないのかね……。後期高齢者の爺さんには、精神衛生上もよくないぜ、そんな怒り心頭の毎日じゃ。脳溢血になっちゃうぜ。」

爺さん:「おい、後期高齢者とわしを呼ぶな!<後期高齢者>というのは、わしは差別用語だと思っているのだ!<光輝高齢者>と書くなら許せるがな。わしのように歳を重ねるごとに叡智を深め人間的な品格を高めて光り輝いている人間を、あたかも何の価値もないかのように<後期高齢者>などと呼ぶのはけしからん!まあ、それについてはまた別の機会にお前に説教するとして、実は、あの馬鹿夫婦の邸宅の後ろ側に<畜生病院>があるのをお前は知ってるだろう?」

熊:「ちょっと爺さん、それを言うなら<犬猫病院>だろうが……。いまは<畜生>というのは動物に対する差別用語になると、俺ですら思うんだがな〜。」

爺さん:「わしは犬猫病院のあの獣医を<畜生>と言っているので、動物の権利を尊重しているわしは犬猫を<畜生>などと失礼な用語では呼ばない。あの獣医は馬鹿夫婦の親友で、あの犬のかかりつけの獣医でもあるのだ。病気になった犬猫を連れていって診断してもらうとき、病状を飼い主がまず説明すると、あの獣医は必ず<アッ、ソー>というのが口癖だそうだ。とにかくだな、わしはあの<アッ、ソー獣医>に苦情を言ったんだ。<お前は、あの犬が潰瘍性大腸炎だということを隠蔽しているのではないか>とな。ところが、あいつは<犬が潰瘍性大腸炎になることはありえないし、あの立派な犬は消化不良ですらない>と言い張るのだ。そこでわしは<診断書を見せろ>と言ったのだが、<個犬情報だから見せられない>などと口実を言いやがった。そこであの犬の糞で近所迷惑をしている町内仲間で署名運動をやり、<診断書開示要求>をあいつに突きつけてやった。その結果だな、診断書のコピーを出したのだが、ほとんどが黒塗りされていて読めるとこがないのだ。黒塗りしたところは<個犬情報に関わる箇所>などと主張しやがって。だからあいつは<畜生道>にも劣る人間だと、わしはあいつの病院を<畜生病院>と呼んでいるのだ!分かったか!」

熊:「ひでいやつらばっかりだな、まるでヤクザだな。いや、ヤクザの連中は形式的にせよ一応<仁義>だけは保つよな。トラさんの口癖じゃないけど、その犬はもちろん、犬の飼い主夫婦も獣医も<尻の周りは糞だらけ>のようなきたねい連中だな〜。しかし、最近、あの金持ち夫婦は全く見なくなったがどうしたのかね。見たことのねい背の低い、頭が半分禿げあがったジジイが犬の散歩をさせているが、あのジジイは誰だい?」

爺さん:「あのジジイは番頭だとよ。あれくらいの大金持ちになると、家計やその他の家の様々な事務をこなす<執事>がいるのだが、あのジジイには<執事>という品のあるような用語ではなくて、<番頭>が似合ってる。とにかく、昨日もあのジジイが、犬を散歩しながらこの街路を通りかかったのをわしは家の二階から見ていたんだ。ところが、垂れ流す糞をきれいにすくって集めて歩くのかと思ったら、小さなスコップですくって、誰も見ていないかどうかそっと周りを確かめた上で、溝や他人の家の垣根の後ろに放り投げたりしているんだ。つまり、ご主人の犬の糞を隠蔽する役目を、今度は番頭が代わりにやっているのだ。わしは腹が立って、怒鳴りつけてやろうと思って、すぐに家を飛び出してあのジジイに向かって行ったら、あいつ、なんて言ったと思う!<スガスガしい朝ですな〜>だとよ!あの野郎は、犬の飼い主夫婦に勝るワルだな。今日は、もう糞を隠そうともしないで、さっさと通り過ごしてしまったようだな。」

熊:「反安保爺さんの話を聞いていると、まるでどこかの国の政界の話のように思えるな〜、どこの国だったけな〜、確か、メディアが全くだらしない東洋の島国の話だったような記憶があるんだがな〜。」

爺さん:「おい、熊!今晩はやけ酒だ、わしにつきあえよ!<光輝高齢者>をどれほど大切にしなければならいか、たっぷり教えてやる。」

熊:<あ〜、やなところでつかまっちゃった。この安保爺さんと飲んでも少しも酔いが回らないのが辛いよな〜。>



2020年6月13日土曜日

パンデミック終息?


パンデミック終息後の「良き社会」はいかにしたら作れるのだろうか

  ニュージーランドはすでに「パンデミック終息宣言」を行い、オーストラリアの感染者数もひじょうに少なくなった今日この頃。しかし、米国や英国ではいまだ感染者数は極めて多く、一方、中南米・アフリカ・東南アジア・中近東の各地では感染拡大が止まないどころか急増中で、これらの地域ではこれからもっと深刻な状況になる危険性が憂慮されます。しかも、感染がおさまってきている諸国でも、今後、経済不況による企業倒産・失業などから、貧困や差別、抑圧、家庭内暴力(いわゆるDV)、自死などの様々な社会問題=ヨハン・ガルトゥングが「構造的暴力」と呼んだ現象が激化することが心配されます。
しりあがり寿作「太陽(コロナ)から見た地球
  アメリカでの警察官によるアフリカ系米国人の殺害を起因とする激しい人種差別抗議運動も、「構造的暴力」に日頃から苦しめられている弱者の不満がパンデミックによって高まっているところに、殺害事件という「直接的暴力」によって火がつけられた状態になったと言えるでしょう。しかも、アフリカ系米国人に限らず、日常的に「構造的暴力」の被害者となっている多くの他の人種系や白人系米国人(とくに若者)も、この抗議運動に触発されてトランプ政府批判運動を強めているのが現状です。
  日本でも、「構造的暴力」によって苦しめられている多くの社会的弱者(とりわけ女性)に深く配慮する政策を、いまこそ迅速に実施していく必要がありますが、腐敗しきった「霞が関ヤクザ集団」の(GoToを「強盗」と国会で自称のごとく読んだ)安倍晋三親分とその子分たちには、「社会的弱者」がどれほど苦境にたたされているのか、その実態がさっぱり分かっていないようです。
  パンデミックが終息した後の社会を、パンデミック以前の社会とは違った「良き社会」にしようというカケ声がチラホラ聞かれますが、果たしてそれがそんなに容易なことでないことは、現状をみてみれば誰の眼にも明らかです。問題は、パンデミック以前からある「構造的暴力」を作り出している「社会構造」=「歪んだ民主主義社会」をいかに革新するか、という「民主主義」のあり方そのものの問題だと私は常に考えています。パンデミックが「歪んだ民主主義社会」を襲えば、もともとある「構造的暴力」が激化する、というのが私の主張です。もともと存在するこの「構造的暴力」の問題を忘れて、「パンデミックが終息したら、<良き社会>を」という考えそのものが浅はかです。同じような考えを、私の大好きなオーストラリアの漫画家で詩人のマイケル・ルーニッグが、以下のような風刺漫画にしていますので、紹介しておきます。
「ああ〜やっと、コロナウイルスの暗い穴から、人間性が蘇ってくる。」
「私たちは変わったのだ、いまやずっと良い人間に。そうだ、新しくて良い世界を作ろうではないか。」
「貪欲、腐敗、不正、残忍、妬み、恨み、虚栄心よ、おさらばだ。」
「愚行・・・とも、おさら・・・・ば・・・・(と言いながら、暗穴に再び落ち込む)」

  『週刊金曜日』編集部からの依頼で書いた、5月22日号掲載の記事「新型コロナに<勝利宣言>したニュージーランド:パンデミックに対抗する民主主義の強さ」と、来週金曜日6月19日号に掲載予定の「社会的弱者を襲うパンデミック:新型コロナが誘因する<構造的暴力>」は、上記のような「民主主義と構造的暴力」という視点から書いてみたもので、もともとは単一の記事として書いたものでした。
  字数が極めて限定されていたため、十分に持論が展開できていないと自分では不満足なのですが、5月25日に私のこのブログに載せた記事「安倍の嘘とパンデミック:社会的弱者=<構造的暴力>被害者の痛みと怒りの連帯を、安倍政権打倒の市民運動につなげよう!」と合わせてご笑覧いただければ光栄です。

『週刊金曜日』の次号予告をご覧ください


2020年5月25日月曜日

安倍の嘘とパンデミック


社会的弱者=「構造的暴力」被害者の痛みと怒りの連帯を、安倍政権打倒の市民運動につなげよう!

トランプの嘘、安倍の嘘、ナショナリズム

  アメリカの著名な言語哲学者で政治評論家のノーム・チョムスキーは、92歳という高齢ですが、今も米国政府に対する厳しく鋭い彼の批判力は少しも衰えていません。そのチョムスキーは最近、トランプ政権に言及するときには「mob in White House」とか「gangsters in White House」という表現を盛んに使います。「mob」というのは「暴力集団」という意味で、「gangsters(ギャング集団)」とほとんど同義語ですから、両方とも「ホワイト・ハウスの暴力団」という意味になります。
  安倍晋三内閣も、これまでの様々な、あからさまな違憲・脱法行為や汚職隠蔽行為から考えるなら、同じように「霞が関のヤクザ集団」と呼ぶべきでしょう。ただやっかいなのは、トランプも安倍も「政治暴力団の親分」でありながら、機会あるごとにナショナリズムを鼓舞して、「米国ナンバー・ワン」や「強くて美しい日本」を訴え、そのことで民衆を魅惑してきたことです。
  では、ナショナリズムとは一体何なのでしょうか?「定義してみろ」と言われても、なかなか明確には定義できないやっかいな観念です。『動物農場』や『1984年』などの名作の著者として有名な英国の作家、ジョージ・オーウェル(1903〜50年)の短い評論の一つに「ナショナリズム」と題されたものがあり、この中で彼は以下のようにナショナリズムの特徴の一つを描写しています。
 
「ナショナリズムとは自己欺瞞によって鍛え上げられた権力への渇望なのである。全てのナショナリストは最もひどい嘘であろうと受け入れる能力を持っているが同時に……何か自分自身よりも大きな存在に仕えているのだという意識があるために……自らの正しさに対して揺るぎない確信を持っているのだ。」
(強調:引用者)

  つまり、ナショナリストは、自分と自分の周りを嘘でかためることで他人をも騙し、欺きの連続で権力を掌握し続けるという強い欲求があるのだと、オーウェルは言っているのです。しかし、さらにやっかいなのは、その大嘘ツキが、なにか「大きな存在」、例えば「強くて美しい国家」という勝手に作り上げた観念に自分を仕えさせて、自分がすばらしく「正しい」仕事をしているのだという確信をもっていることです。その「正しい」という確信のゆえに、自分が嘘をついて他人を欺いていることに、ほとんど罪悪感を感じないわけです。通常の人間には理解するのが難しい心理状態ですが、それが現実なのでしょう。でなければ、トランプも安倍も、あれだけ次々と嘘をついていながら、平気でいられるはずはないでしょう。最も極端な例は、ドイツを「世界支配の大帝国」にするという自分が作り上げた「正しい夢」にあくまでも仕えていた、ヒットラーでしょうね。
  しかし、さらなる問題は、こうした自己欺瞞と嘘でかためた権力掌握者=暴力団親分におもねり、その親分の庇護下で自分も小権力を持ち、なにか「すばらしい仕事をしている」という虚妄の確信を持つ小権力保持者=子分が集まってくるという現象。しかし、これらの子分もナショナリストであることを当然要求されますから、「最もひどい嘘であろうと受け入れる能力」を身につけていなければなりません。あるいは、まだ身につけていないならば、身につけるように努力しなくてはなりません。東京高検の検事長の定年延長を決めたことに関して(もちろん安倍が決めたのでしょうが)、子分=森雅子法務大臣が、国会答弁で「最もひどい嘘であろうと」つけるのはまさにこの理由からです。しかし、彼女の場合は、最初からボロボロに「嘘が丸見え」であることが致命的でした。親分にしてみれば、「なんでもっとうまく嘘がつけないんだ」という怒りが生じてきたことでしょう。
  この点が少しトランプ政権と違うように思えます。ホワイト・ハウス暴力団の場合は、どうしても嘘をつけない子分が次々と更迭されていますが、日本の「霞が関のヤクザ集団」の場合はそれが全くありません。親分の言いなりです。この日本特殊の現象は、天皇制と深く関連していると私は考えています。(この現象を私は「心の内なる天皇制」と呼びますが、詳しくは拙著『検証「戦後民主主義」:なぜわたしたちは戦争責任問題を解決できないのか』三一書房、2019年を参照してください。)

安倍政権のパンデミック対応と「構造的暴力」の被害者

  しかし、ここにきて、「霞が関のヤクザ集団」の支配力が急激に弱体化しつつあります。
  日本の場合、「霞が関のヤクザ集団」の親分がコロナ・ウイルスという感染病の「無差別殺傷力」を過小評価し、7月末「オリンピック開催」にあくまでもこだわり、感染防止対策にはほとんど力を入れないどころか、意図的に感染者数を少なく見せようとしたのか、PCR検査はほとんど行わない対応を取り続けました。3月末にオリンピック延期が決まったあと、感染防止対策にようやく腰をあげるようになりましたが、その後も検査には極めて消極的で、2月中旬から4月末にかけて行った検査数は千人当たり1.9以下。イタリアの31.6、ドイツの30.4はもちろん、米国の17.5と比較してもあまりにもおそまつ。日本政府のやる気のなさがはっきりとこの数字に表れています。
  経済対策でも、汚れたマスクの配布に466億円を当て、生活支援臨時給付金の決定でも、当初の収入減世帯対象の30万円から一律一人当たり10万円に変更するまでに、多くの時間を費やしました。4月7日になってようやく「緊急事態宣言」を出すと同時に「緊急経済対策」を発表。その発表で安倍親分は、世界でも稀な大規模予算、総額108兆円(GDPの20%)を経済対策費に当てると豪語しました。ところが、これもいつもの虚言で、実質の新規財政拠出額は10〜20兆円で、GDPの2〜3.7%、人口5百万を切る小国のニュージーランドの初期対策費(GDPの4%)より低いのです。
  実はこのとき、日本は隣国の韓国から学ぶべきことが多々あったのですが、韓国を見下している安倍親分には一向にその気はなかったようです。韓国は2009年と2015年の二度にわたって感染病大流行に襲われ、その対策に失敗して多くの感染者と死亡者を出しました。その経験から学びとり作り上げた感染病対応モデルが、「開かれた民主社会のための躍動的な対応体系」と呼ばれるもの。このモデルは「開放性」、「透明性」、「民主制」の三つの基本方針から成っていおり、(1)透明で迅速な情報公開、(2)開放的な民主主義と共同体精神を尊重する多くの市民の自発的な参加、(3)創意的な方法の模索とIT技術の積極的な活用、を目標としました。診断キットの早期開発に努め、できるだけ多くのPCR検診で感染者を早期に発見し、個人情報の保護に細心の注意を払いながら携帯電話のGPSを使って感染ルートを追跡するなどして、それらの情報を全面的に公開。その上で、人と物資の移動制限を極力抑え、防疫効果を最大限にするという方策がとられました。そのため、日本やオーストラリアで見られたトイレット・ペーパーの買いだめなどという醜い行動は、韓国ではみられませんでした。
  「徹底した情報公開により政府と市民の間に強い信頼を醸成し、それを基盤に市民の防疫への自発的参加をうながし、可能な限り封鎖を行わない対策を取る」という点で、大きな成功をおさめたと言えます。その結果、感染者数も死亡者も日本より少ない中で、事態はすでに収拾に向かっています。文政権支持率71%が裏付けている「政府と市民の信頼関係」の背後には、日本による植民地支配や戦後の軍部独裁政権と長年にわたって闘ってきた韓国人民衆の、民主主義獲得運動の積み重ねがあることは言うまでもありません。
  日本では、予想した通り、多くの国民、とりわけ日本の雇用者数の4割近い非正規労働者(そのうちの半数以上が女性)の多くが職を失い、すでに昨年末で162万人と言われている失業者がここで急増し、ホームレスも増えています。すでに困窮状態にあった多くの女性の非正規労働者、とりわけ母子家庭の生活状況が急速に悪化しています。母子家庭の中には、毎日の食料確保にさえ困っている人たちも出てきています。感染者とその家族への差別や、家庭内暴力(いわゆるDV)も急増。資金繰りができなくなった中小零細企業(とくにホテル、旅館、居酒屋、レストラン、飲食店、婦人服店など)で、すでに倒産する企業が増えています。残念ながら、これから栄養不良による様々な病気の併発、精神疾患や自死も急増するでしょう。パンデミックは無差別に人間を襲うという一般論にもかかわらず、このように被害は社会的弱者に集中する傾向が強くあります。
  にもかかわらず、「森友問題」や「桜を見る会問題」での批判に対応するために多くのエネルギーを割き、経済対策でも後手後手に回っているにもかかわらず、自己の権力維持のために「検事長定年延長」や「憲法改悪」にやっきになっている安倍親分。その結果、パンデミックの影響をもろに受けている多くの国民が、貧困、病気、飢餓、差別、DVなど、つまりヨハン・ガルトゥングの唱える「構造的暴力」の犠牲者となっています。かくして、もともと多くの「構造的暴力」問題をかかえ、市民の政府への深い不信が日常化している「歪んだ民主主義社会」が突然にパンデミックという危機にみまわれると、「構造的暴力」が急速に激化するという現象がみられます。これはもちろん日本だけではなく、世界的現象、とりわけ「第三世界」と難民キャンプでパンデミックによる「構造的暴力」の爆発現象がみられますが、これについては日をあらためて言及したいと思います。

社会的正義感の希薄性克服と「構造的暴力」被害者連帯の必要性

  本当ならば、このような嘘と欺瞞でかためられた「霞が関のヤクザ集団」を、とっくの昔に市民が打倒していなければならなかったのですが、この暴力集団の「もっともひどい嘘」に対して強い声をあげずに、なんとなく受け入れてきた多くの国民の側に、政治家や官僚の嘘を徹底的に追求批判しようという「社会的正義感」が薄れている、逆に言えば社会的不正義にたいして怒りを覚えない、という、この日本社会の大きな弱点があります。日本のこの「社会的正義感の希薄性」は、天皇裕仁と(日本軍を含む)日本政府が犯した戦争犯罪とその戦争責任を徹底的に問わないままに、「平和憲法」を受け入れてしまった「国家的正義行為」、ならびに、そんな歪んだ「戦後民主主義」政府が推し進めてきた教育政策と、深く関連しているというのが私の考えです(詳しくは、これまた拙著『検証「戦後民主主義」』を参照してください)。日本の「社会的正義感の希薄性」にはこうした歴史的背景がありますので、この問題を克服するのは容易ではありません。しかし、歴史をしっかり学び直し、これを克服しない限り、日本に民主主義的な社会を打ち立てることは不可能だと私は思っています。(なお、日本における「正義感の希薄性」は、一般的な日本人の「人権感覚の希薄性」と深く関連している問題ですが、この問題については、時間とスペースの都合上、また別の機会に議論したいと思います。)
  これまで「霞が関のヤクザ集団」の不正に怒りの声をあげる人たちが総体的には少なかった日本ですが、パンデミック対応のまずさでさまざまな「構造的暴力」が激化し、その被害者が急増する中で、その被害をもろに受けているフリーランスの芸能人たちが、「自分たちの無収入状態」の怒りによって「正義感」を刺激されたようで、5月9日、ツイッター上での『#検察庁法改正案に抗議します』という抗議で、「安倍政権、おかしいぞ!」の声が拡散。この投稿数は2日で700万件近くにものぼったということです。こうして、パンデミック対応の失敗でグラつきはじめた「霞が関のヤクザ集団」に、ようやく一部の市民の本気の怒りがモロにぶっつけられ、その嘘と欺瞞に国民の多くが目を向けるようになり、このヤクザ集団に風穴があけられつつあるというのが現状でしょう。
  私たちがここで必要なのは、この今こそ、パンデミックによる「構造的暴力」激化の多くの被害者の痛みと怒りを連結させ、それを大きな市民運動のウネリにまで高め、「霞が関のヤクザ集団」の親分・子分を一網打尽にすることです。今こそが、パンデミックという凶猛な感染病を逆手にとって、 「霞が関のヤクザ集団」という大嘘で汚れきった、毒性の極めて高い病原菌を撲滅する絶好のチャンスなのです。
- 完 

こんなパロディも作られるようになりました:
鬼のパンツ20万回再生のオペラ歌手が【アベノマスク】を熱唱!!!
フェイク予告まとめ動画 - 安倍ンジャーズ編!
https://www.youtube.com/watch?v=UzhRHNY3Ijs


 

2020年1月29日水曜日

今、日本で起きていること、広島で起きていること


  天皇裕仁と(安倍晋三の祖父)岸信介を含む多くの政治家や軍人の戦争責任を隠蔽し、裕仁を「平和主義者」であったなどという大嘘の神話をつくりあげて「平和憲法」を設置し出発させた日本の「戦後民主主義」が、当然ながら、もともと脆弱ではなはだしく歪んだ形の「民主主義」であったことを、私はこれまで機会があるたびに述べてきましたし、昨年は単著と言う形で活字にもしました(『検証「戦後民主主義」:わたしたちはなぜ戦争責任問題を解決できないのか』<三一書房>)。そんな「戦後民主主義」は、近年、安倍晋三内閣の下で文字通りボロボロ状態にされてしまったと言っても過言ではないと思います。
  憲法9条をないがしろにし、政治権力を私物化して、やりたいことはやり放題の上に、嘘は言い放題。親分がそんな不遜な態度ですから、子分どもが同じようにやりたい放題、嘘は言いたい放題の態度をとることも当然。杉田水脈のように、子分は親分に忠誠心を示すために、安倍の気にいるような野卑なヤジを国会でとばす。批判されると虚偽と欺瞞で言い逃れ、責任は一切とらないどころか、批判した相手の信用を汚い手法を使っておとしめる。これはもはや「政治家集団」と呼べるようなものではなく、無責任極まりない連中の集まりである「ヤクザ集団」が日本の政治を動かしていると描写すべき状態です。
  なぜ日本の「戦後民主主義」はこれほどまでに低劣なものにまで劣化してしまったのでしょうか?いろいろな理由があげられると思いますが、その中でも私が決定的に重要だと思うのは、自国の重大な戦争犯罪者の責任をうやむやにしてしまい、侵略戦争により数千万人のアジア人を被害者にした国家の罪を徹底的に償うことをせず、さらには、米国が原爆を含む無差別空爆で大量殺戮したという、自分たちに対して犯した犯罪を徹底的に追及することもしてこなかったことです。そのため、わたしたちの「正義感」が完全に堕落してしまったことに原因があると私は考えています。
  権力者たちは、「法治国家」という形式的な概念を自分たちの権力を正当化し維持するために常に悪用します。法治国家が本来の法治国家として機能するためには、その法治国家の公正さが常に再生され続け、活用され続ける必要があります。そのためには、政治的、社会的な正義感が国民の間に深く根づき、強く働いていなければなりません。つまり、それは単に法を知識として理解しているだけではなく、さまざまな政治的、社会的な出来事が道義的に正しい(=正義な)のか、それとも不正(=不正義)であるのか、それを識別判断する能力をわたしたちがもっていなければなりません。その能力が「正義感」であり、同時に、不正である場合には、その不正を正す強い意志が「正義感」です。
  この正義感を養うためには、不正=罪に対する深い認識が必要ですが、日本の場合、侵略戦争で犯したさまざまな残虐な戦争犯罪という罪に対する認識を国民的規模で深めることを、戦争直後から怠ってしまい、その後ずっと怠ってきました。こうした状況を作り出したのは、単に日本政府だけではなく、日本を占領した米軍(=米国)も加担していたことは言うまでもありません。そしてその米国も、多くの日本市民を無差別空爆で大量殺戮した罪を罪として明確に認識することをこれまで長年怠ってきたため、正義感が堕落してしまい、現在のトランプ政権のような無責任な政権を作り出してしまったのです。かくして、現在の「民主主義」と「日米軍事同盟」は、正義感を堕落させた日米両国政権の共同謀議で産み出されたものなのだというのが私の解釈です。
  不正=罪に対する深い認識の上に立った正義感は、現在の政治社会状況に立ち向かうために必要なだけではなく、未来に向けてわたしたちの「倫理的想像力」を養うためにも不可欠です。自分たちの両親、祖父母、それ以前の世代が犯した「国家的不正=罪」の被害者の痛みに想像力を働かせ、その痛みを自分たちのものとして共有し、内面化することで、将来、同じような不正を自分たちも犯さないし、また誰にも犯させない、という「倫理的想像力」を身につけるためには、正義感が不可欠だと私は信じています。安倍政権が起こしているさまざまな問題からは、安倍晋三親分と彼を取り巻く子分どもの徹底した正義感の欠落、徹底した倫理的想像力の欠落を感ぜざるをえません。その点で、安倍は「お爺ちゃん」の文字通り「申し子」なのです。「慰安婦」や「徴用工」問題に対する安倍政権の対応でも、社会的、政治的な正義感や倫理的想像力のカケラすら感じません。
  日本の場合、ドイツと違って、こうした強い正義感と倫理的想像力をもった政治家がもはやほとんどいないというは、国家的不幸です。この点でのドイツとの対照的な違いは、最近、メルケル首相がアウシュビッツで、シュタインマイヤー大統領がエルサレムのホロコースト記念館でそれぞれ行った感動的な演説の内容からも明確です。二人の演説からは、ジェノサイドを犯した加害国が長年の苦闘と努力で養ってきた国民的規模での正義感と倫理的想像力の素晴らしさが、心に浸み込んできます。
  残念ながら、広島の「反核運動」にも、私は正義感と倫理的想像力、とりわけ戦争加害者・加害国としての正義感と倫理的想像がひじょうに薄弱、いやほとんど不在だと感じています。また広島市近辺の呉や廿日市でもひじょうに憂慮すべき事態が起きています。
  下記は、広島の活動仲間である岸直人さんからいただいた情報です。お目通しいただき、ご協力をいただければ光栄です。

田中利幸
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   私たちは呉教科書裁判に取り組む間、自衛隊の第六潜水艇追悼式への児童参加中止要請(佐久間艇長の行動は業務上の過失行為、賛美すべきではないこと)、などを通して自衛隊が深く学校教育に侵入してきている実態を体感してきました。昨年末には呉鎮守府開庁130周年を記念して、海上自衛隊音楽隊と呉市立高校吹奏楽部とがあろうことか呉市議会で合同演奏を行う「事件」や、同じく昨年秋自衛隊員が銃器を持ち呉市内を走り抜ける訓練をするなど、呉市や教育委員会と結びついた広報活動が活発に行われています。
これは呉市だけのものではなく、廿日市市や県内外全国的に、狙いを付けた行政への侵入を実行しているものと思われます。市長や教育委員会を抱き込み、学校や自衛隊関係者だけの閉鎖的な空間で実施するので、一般市民が気づくことが遅れるように思います。
また、相手が自衛隊なので「たてつく」のは気が引けます。 しかし、無批判に教育現場に軍事的影響力を入れることを許すことはできませんから、この取り組みを始めることにしました。
どうぞ、よろしくお願いします。
岸直人

「廿日市市の中学校吹奏楽部と自衛隊音楽隊との
コラボコンサート中止要請」について賛同のお願い

教科書問題を考える市民ネットワーク・ひろしま   
共同代表: 石原顕 内海隆男 菊間みどり 柴田もゆる
連絡先:事務局 岸直人(090-6830-6257)

  廿日市市では2018年度から自衛隊音楽隊と中学校吹奏楽部とが「コラボ演奏」をする「ふれあいコンサート」が行われ、2019年度は2回目の演奏会が行われました。自民党、安倍内閣が憲法第9条に自衛隊を明記する改憲を進める中、憲法違反の「戦争法制」が成立し、今や実質「中東派兵」により自衛隊は外征軍へと急速に変貌を遂げています。
  1月11日、海上自衛隊那覇基地からP3C哨戒機部隊が中東に派遣され、2月2日には海上自衛隊横須賀基地から護衛艦「たかなみ」が出港します。名目は防衛省設置法に基づく「調査・研究」とされていますが、バーレーンの米海軍第5艦隊司令部に連絡要員が派遣され、そこで得られた情報は米国などと共有される事実上の共同軍事作戦行動です。現地で日本関係の船舶が攻撃を受けた場合は、自衛隊の武力行使が可能となる事態になっています。
 このような状況の中で、廿日市市と教育委員会は上に述べた自衛隊の現実を生徒に知らせ考えさせることなく、中学生たちが自衛隊音楽隊の「演奏の素晴らしさ」に魅了され、自衛隊を好きになることで、自衛隊入隊募集の手助けをしているのです。私たち市民は自衛隊による実質勧誘活動に市や教育委員会が協力することに反対し、「コンサート中止の要請」を2月上旬に提出します。つきましては、廿日市市内だけではなく県内・全国の市民や市民団体の皆様の「賛同」により「中止要請」の応援をしていただきたいと思います。 

賛同団体名:
(共同)代表者名:
送付先(教科書ネット・ひろしま事務局 岸直人):famkjp@kdr.biglobe.ne.jp 
「個人賛同」をしていただける方は廿日市市役所に電話、FAX、メール、手紙、ハガキで「コンサート中止要請」を送っていただけると大変ありがたいです。たくさんの市民の要請が行政の判断に影響を与えると思います。
廿日市市役所(〒738-8501 広島県廿日市市下平良一丁目111号) 
電話:0829-20-0001(代表) ファクス:0829-32-1059
メール:https://www.city.hatsukaichi.hiroshima.jp/ques/questionnaire.php?openid=5&check
  
下の写真は、2019年9月21日(土)に廿日市市文化センター「さくらぴあ」大ホールで開催された『海上自衛隊呉音楽隊「自衛隊ふれあいコンサート」』の様子です。待合ロビーでは、自衛隊服、帽子の試着、アンケート記入のお礼にシールなどのグッズの提供が行われました。