2017年12月19日火曜日

2017 End of Year Message


2017年末メッセージ(日本語版は英語版の後をご覧ください)

I presume that ten or twenty years later we would look back year 2017, clearly recognizing this year as the crucial moment for the change of the fate of the Japanese people as well as many people in the world. Both Japanese Prime Minister Abe Shinzo and the U.S. President Donald Trump are recklessly driving their policies of destroying “truth” with many lies and deceptions. It is my belief that they are the worst combination of untruthful politicians in the whole history of the U.S.-Japan relationship. We ought to ask ourselves why we have failed to put a stop to such an atrocious situation and how we should tackle it. I am becoming more and more pessimistic and think that it may be too late to counteract this dreadful world trend. However, I would like at least to share with you the following words on “truth, freedom and peace” by German philosopher and psychiatrist Karl Jaspers (1883 – 1969):          

“Peace is possible only through freedom, freedom only through truth. Hence, untruth is the actual evil destroying all peace: Untruth from cover-up to blind neglect, from lies to mendacity, from thoughtlessness to doctrinaire truth-fanaticism, from untruthfulness of the individual to untruthfulness of the public sphere.
The final word remains: The condition of peace is the shared responsibility of each individual’s way of life in truth and freedom. The question of peace is not primarily a question to ask of the world, but rather for each to ask of oneself.”
(From ‘Truth, Freedom and Peace’ by Karl Jaspers)

I would also like to share with you the most recent work by Michael Leunig, a poet and cartoonist living in Melbourne, who always tries to reveal the truth of human beings and nature through his genuinely warm and kind thoughts. He is one of few Australians whom I truly admire. Its title is “wish list”.
 
I end this year’s message with the following three pieces of music that I like very much.

1)St Matthew Passion (BWV 244) by J.S. Bach

Performed by the Netherland Bach Society

With Sato Yusuke (violin) and Tim Mead (alt)

https://www.youtube.com/watch?v=Zry9dpM1_n4


2)Ave Maria composed by Tõnis Kaumann
Estonian vocal ensemble Vox Clamantis, of which Kaumann is also a member.

3)Cascading Water Fall (Takiochi) anonymous
Played by Riley Lee, a shakuhachi grand master who lives in Sydney, Australia

With best wishes,
Yuki



2017年末メッセージ
今年、2017年という年は、10年〜20年後に振り返ってみるなら、日本にとっても世界にとっても、私たちの歴史的運命を決定づけた重要な年であったことに痛切に気がつくのではないかと私は思っています。虚偽と欺瞞という不真実に満ちた腐敗政治をがむしゃらに推し進める日本の首相・安倍晋三と米国大統領ドナルド・トランプ、この「不真実政治家コンビ」は、日米関係のこれまでの歴史で最悪の組み合わせです。こんなひどい状況を作り出してしまった原因を、しっかり問い詰め、対処方法を考えないといけないのですが、実はもう遅すぎるのではないかと私は恐れている今日この頃です。せめて、不真実で満ち満ちたこの今の状況を考えるために、ドイツの哲学者/精神科医カール・ヤスパース(1883〜1969年)の次のような言葉を噛みしめながら、年末を迎えたいと思っています。

「平和は自由によってのみ可能であり、自由は真実によってのみもたらされる。したがって、不真実は本来的に悪であり、あらゆる平和の破壊原因である。隠蔽から盲目的無関心に至るあらゆる不真実、虚偽から不正直までのあらゆる不真実、思考しないことから狂信的原理信仰までのあらゆる不真実、個人の不真実から公的場面までのあらゆる不真実、それらの全ての不真実である。最終的に言えることは、次のようなことである。平和は、真実と自由に対する諸個人の責任を、日常生活の上でどう皆で共同して取っていくかにかかっている。平和の問題は、本来は世界の状況に関して問いかける性格のものではない。それはむしろ、各人が自分のあり方に関して問うべきものである。」(カール・ヤスパース「真実、自由と平和」1958年講演からの抜粋 拙訳)

いつも優しい心で人間と自然の真実に迫ろうとする作品を産み出している、メルボルンの詩人で漫画家 – 私が最も尊敬する数少ないオーストラリア人の一人 – マイケル・ルーニッグの最近の作品「願いごと」も紹介しておきます。
 
「願いごと

精神的な健全さ、美しさ、やさしさ、思いやり
欲しいと思うなら、どれもみな簡単に手に入る大切なもの
気持ちのこもった寛容さ、耐え忍ぶ心と安らぎ
鶏、ムクドリ、アヒルとガチョウ
木々と花々、草と種
手と足と色鮮やかなビーズ玉
茶碗に入ったお茶、遠くから聞こえてくる鐘の音
山の上の浮雲、それに美味しそうな料理の匂い
庭のなかの小さな細道と、そのそばに置かれた木製の椅子
精神的な健全さ、美しさ、やさしさ、思いやり」
(拙訳)

そして最後に三つの私の好きな音楽です:
1)ヨハン・セバスティアン・バッハ作曲「マタイ受難曲」BWV244
オランダ・バッハ協会演奏、バイオリニストは佐藤俊介
歌っているのはイギリスの男性アルト歌手ティム・ミード

2)アヴェ・マリア
エストニアの作曲家トニス・カウマンTõnis Kaumann作曲
エストニアのヴォーカル・アンサンブル、ボックス・クラマンティスVox Clamantisの合唱(カウマンもメンバーの一人)

3)瀧落(たきおち)作曲者不明
演奏者:シドニー在住の中国系アメリカ人、ライリー・リー(大師範)

静寂で平穏なクリスマスと新年をお迎えください。

2017年12月12日火曜日

「2017年広島日韓関係シンポジウム」黒田発言批判声明文


「2017年広島日韓関係シンポジウム」における黒田勝弘(元産経新聞論説委員)発言に関する批判声明文

韓国語版は下記アドレスでダウンロードできます

  2017年3月24日、広島国際会議場「ダリア」にて、韓国の世宗研究所と韓国国際交流財団が主催し、広島市立大学広島平和研究所と駐広島大韓民国総領事館の後援による、「2017年広島日韓関係シンポジウム」が開催されました。このシンポジウムには、一般市民も参加を呼びかけられ、日韓関係諸問題について市民にも問題意識を強め知識を深めてもらいたいという目的が含まれていたように思われます。そのような趣旨に応える形で、私たち「日本軍『慰安婦』問題解決ひろしまネットワーク」事務局からも、2名のメンバーが傍聴しました。

黒田勝弘氏発言の問題点

  シンポジウムの第2部として行われた「ラウンド・テーブル討論」には、日韓両国側から学者やジャーナリスト数名が登壇者として招かれ、発言を行いましたが、そのうちの一名は元産経新聞論説委員の黒田勝弘氏でした。その発言内容には、以下のような2つの重大な問題があると私たちは考えました。
1)自己紹介で自分と広島とのつながりを説明する場面で、黒田氏が「女房も『現地調達』した」と発言したこと。
  その発言を聞いた途端、傍聴した私たちのメンバーは、その酷さに驚かざるをえませんでした。「自分の配偶者(そして女性一般)をモノ(道具)扱いにした」発言だと受け取りました。後日、この報告を受けた「日本軍『慰安婦』問題解決ひろしまネットワーク」事務局のメンバーも全員、黒田氏のこの発言は重大であると感じました。この「現地調達」という言葉は、アジア太平洋戦争(1931〜45年)中、日本軍が侵略戦争を展開する中で戦略上の必要から、食糧及び「慰安婦(=日本軍性奴隷)」を「現地調達=略奪/強制連行」した行為を指す軍事用語として頻繁に使われたものです。この「現地調達」は、文字通り、アジア太平洋各地で日本軍が行った非道な戦争犯罪行為であり、その最も残虐なものが主として中国の華北地域で行われた「三光(殺し、焼き、奪いつくす)作戦」でした。
  すなわち「現地調達」の過程で、しばしば住民殺害が起こり女性に対しては性暴力が振るわれたのです。いわゆる「慰安婦」と呼ばれた女性たちは、日本人や当時日本の植民地であった朝鮮半島や台湾からアジア太平洋地域に送りこまれた女性たちだけではありません。中国、フィリピン、インドネシア、マレーシア、東ティモール、ニューギニアや南太平洋の島々の多くの女性たちが、文字通り「現地調達」されて日本軍によって各地に設置された「慰安所」に連行され、日本軍兵士たちの性奴隷として、自由を奪われ性の相手を強要され、反抗すると軍刀等も使った暴力を受けるという、言語に絶する苦しい経験を長期間にわたって強制されたことを考えてみてください。こうした事実に思いを馳せるならば、冗談にも「女房を現地調達した」などという表現をすることが、どれほど女性の人権を無視しており、戦争被害者を侮辱しているのかは一目瞭然です。発言者である黒田氏の恥ずべき女性観と歴史的知識の無さを明らかにしています。
  戦後日本がアジアに経済進出をしていく中で、また観光旅行の行く先々で女性を自分の性欲のはけ口として扱い、「現地妻」や「買春観光」という言葉も生まれましたが、この発言は、女性ならびに女性の性が道具として扱われていることを示すものです。特に「慰安婦」問題が討論の一つになる席での発言として、人権意識、女性の人権に対する認識のなさを披瀝するという驚くべきものでした。
  国連の女性差別撤廃条約が発効し、1995年北京で開催された世界女性会議で「女性の権利は人権です」と明言され、女性の人間としての権利の確立と女性に対する暴力や差別の撤廃に努力している国際社会だからこそ、今なお日本軍「慰安婦」問題のまっとうな解決が世界から求められ、「平和の碑(いわゆる少女像)」の建設が続いているのです。そのことを直視できないでいる日本社会の現実の一端がこの発言に如実に現れていると私たちは考えます。
  国連の人権条約に基づく拷問禁止委員会は、数年おきの報告書の中で毎回「慰安婦問題」をとりあげ、日本政府の対応を厳しく批判してきました。今年5月にもまた、その報告書の中で2015年末のいわゆる日本軍「慰安婦」問題に関する日韓政府間「合意」について触れ、「被害者に対する補償や名誉回復、真相解明、再発防止の約束などについては十分なものとは言えない」と指摘しています。その上で、被害者への補償と名誉回復が行われるよう日韓両国は合意を見直すべきだと述べ、事実上、合意について再度やり直すべきだと勧告しています。ところが日本政府は、「日韓合意」で10億円を払う代償に、これ以上、韓国は「慰安婦問題」には触れないこと、しかも「日韓合意」の内容には含まれていない「平和の碑」撤去まで安倍政権は韓国政府に要求しましたし、今も同じ要求を迫り続けています。これはつまり、10億円で「韓国人慰安婦」に関する記憶を抹消すること、「被害者」を私たちの記憶から抹消してしまうことを意味しており、国連拷問禁止委員会が勧告している「被害者に対する補償や名誉回復、真相解明、再発防止の約束」とは全く逆の、無責任極まりない、人道にあからさまに反する要求です。
  日本政府がこのような恥ずべき外交政策を取っていることに日本の多くの政治家や市民が疑問を呈しないという社会背景には、黒田氏のような「女性蔑視感」と「歴史認識の欠落」が異常であるとは思われていないという、日本社会独自の由々しい問題があります。したがって、黒田氏の発言は、一ジャーナリストの個人的な無知と偏見として済ませるような単純な問題ではありません。彼の発言は、現在の日本社会の様々な面に深く刻み込まれている「女性蔑視感」と「歴史認識の欠落」という、2つの重大な問題をまざまざと露呈しているものであるということ、この事実を私たちは明確に認識しておく必要があります。このような社会状況を一般市民に知ってもらい改善するように努力することも、「日本軍『慰安婦』問題解決ひろしまネットワーク」の社会的責務であると、私たちは強く感じています。
  シンポジウムの登壇者が全て男性であり、しかも日韓関係史を専門とする歴史家が一人もいなかったことに、もともと問題性を感じていましたが、「現地調達」という表現を使った黒田氏に苦言を呈する人が一人もいなかったことに、私たちは強い憤りの念を禁じえません。
2)「在韓/在外被爆者が被爆者手帳を持っているのは、日本政府の支援の結果である」という内容の発言をしたこと。
  このシンポジウムでは、広島での開催ということで当然のことながら、原爆被爆の問題、特に在韓被爆者への援護の問題も話題に上がりました。黒田氏はこの問題にも触れて発言し、ここでも、厚顔無恥にも、次のように自分の決定的な「歴史的知識の欠落」を露呈しました。すなわち、「日本政府からの支援があって在韓被爆者は被爆者手帳を持っている」のであり、「日本政府や日本人、広島からの支援があったことを陜川で計画中の資料館に明記すべき」であると述べただけではなく、「韓国の関連施設や資料館は(日本政府に対して)糾弾調である」とも非難しました。つまり、在韓被爆者と韓国人は「日本に感謝すべきであって、苦情を言うな」という意味の主張をしたわけです。
  私たちが在韓被爆者問題を考える上で、決して忘れてはならない2つのことがあります。第1に、当時、なぜそれほどまで多くの朝鮮人が広島・長崎に在住していたのかということです。すなわち、日本による植民地化と統治政策の結果として土地や生活の糧を奪われたがゆえに、過酷な労働条件のもとでも日本で働かざるをえないため、朝鮮半島の多くの人たちが広島・長崎にもやってきたこと。彼らとその子どもや孫たちの多くが、米国の原爆無差別大量虐殺の被害者となったという、その歴史的背景です。さらには、犠牲者の中には軍属徴用や強制連行という形で広島・長崎に無理やり連れてこられた人たちもいました。その結果、合計4万人あまりの朝鮮人が原爆無差別殺戮の犠牲者となり、3万人ほどが被爆者となって生存し、そのうちの2万3千人ほどが戦後まもなく帰国しました。この人たちは、日本による植民地化と米国の原爆無差別大量殺傷という二重の被害者であったということを、私たちは決して忘れてはなりません。こうした歴史的背景には、当然ながら、原爆無差別大量殺戮を犯した米国政府のみならず、日本政府にも法的・倫理的責任があることは言うまでもありません。
  第2に、もともと日本政府は被爆者援護制度に様々な条件をつけ、長年にわたって国外在住者を援護策から排除してきたという事実を指摘しておく必要があります。在韓/在外被爆者が日本政府を相手にいくつもの裁判闘争を経て勝ち得た援護策は、被爆者自身のたゆまぬ努力と、彼らを長年にわたって支援してきた日本市民グループ、とくに「韓国の原爆被害者を救援する市民の会」の、地道な活動があってこそ実現したという事実です。そうした苦しい裁判闘争と市民運動の結果、ようやく韓国国内で被爆者手帳が申請できるようになったのは2010年からであり、医療費の支給が全面的に認められたのは2015年からでした。その間、多くの韓国人被爆者たちが病気と生活苦の中で亡くなっていかれました。「被爆者はどこにいても被爆者」という名言は、裁判を闘われた多くの韓国人の一人、郭貴勲さんの言葉です。韓国の資料館に明記すべきは、こうした厳然たる歴史事実であって、黒田氏が主張するような「虚妄の歴史」であってはなりません。
  日本による朝鮮半島の植民地支配、韓国人被爆者差別という歴史を捨象したままの日韓間の課題に関する討論は、砂上の楼閣を論ずるようなもので未来のビジョンを指し示そうという目的達成には程遠いと思います。この点からしても、黒田氏のみならず、黒田氏の発言にほとんど疑問を持たなかったその他の講師の選任にも大きな問題があったと、私たちは強く感じている次第です。同じラウンド・テーブル討論の登壇者の中には、韓国人を含む在外被爆者問題について詳細な知識を持っていてしかるべき地元の『中国新聞』の論説委員も含まれていました。ところが、この論説委員も黒田発言についてはなんの反論もしませんでした。いかに「有識者」と称される人たちであれ、関連の歴史的背景について十分な知識をもたない人たちが、上記のような歴史的背景と複雑に絡んでいる現在の日韓関係問題について、正確且つ鋭利な分析ができるはずはありません。
公開質問状とそれに対する回答について
  シンポジウムに対して私たちが持った以上のような深い疑念から、私たち「日本軍『慰安婦』問題解決ひろしまネットワーク」は、主催組織である世宗研究所と韓国国際交流財団、後援組織である広島市立大学広島平和研究所と駐広島大韓民国総領事館の全てに対して、2017年4月10日付で公開質問状を送りました。この質問状で、黒田氏がどのような考えで上記のような問題発言をされたのか、またシンポジウムを主催・後援された諸団体が、そうした発言についてどのように考えられ、その後、どのように対応をされたのか。さらには、講師選択で問題があったとは思われないのか、などについて問合せました。(ちなみに、この質問状には以下の5つの組織が賛同団体として参加しています。教科書問題を考える市民ネットワーク・ひろしま、第九条の会ヒロシマ、ピースリンク広島・呉・岩国、Little Hands、日本基督教団西中国教区性差別問題特別委員会)
  主催組織である世宗研究所と韓国国際交流財団からは回答があり、回答に対して私たちがさらなる質問をするという形での交流がありました。その結果、主催の両団体は、黒田氏の発言に問題があり、彼を発言者として選んだことも間違っていたことを基本的には認められました。戦争被害者問題を取り扱う上で、今後、両団体が被害者の人権をあくまでも守る方針を堅持されることを祈ってやみません。

  しかしながら、後援組織の一つである駐広島大韓民国総領事館からは、「質問状にどのように対応すべきかとまどっている」という内容の電話応答があったのみで、その正式な回答をいまだ受け取っていません。韓国人の戦争被害者の人権に関わる問題に関する私たちの真摯な質問に関して、自国の戦争被害者の人権を守る義務がある韓国政府の駐広島大韓民国総領事館が、その正式な姿勢を1日も早く表明されることを私たちは切望いたしております。

  もう一つの後援組織である広島市立大学広島平和研究所からは、質問状に対する回答への私たちからの再度の要求にもかかわらず、全く応答がありません。後援組織とはいえ、シンポジウムでは研究所准教授の孫賢鎮氏が総合司会及び進行役を務め、第一部の司会を研究所所長である吉川元氏が務めるという形で深く関わった広島平和研究所が、このような重大な発言内容に関する質問状を無視し続けていることに対して、私たちは極めて遺憾に思っています。

  あらためて言うまでもなく、日本における「日本軍性奴隷(いわゆる「慰安婦」)」問題や「韓国人被爆者」問題の取り扱い方は、いまや国際的な注目を集めており、国連人権関連諸委員会や海外の多くの人権団体が注目していることは周知のとおりです。平和研究・教育方針を強く国内外で強調している広島平和研究所が関わったシンポジウムで、この2つの問題に関して重大な発言があり、それに関して質問状を受け取っているにもかかわらず、無視し続けていることは、広島平和研究所ならびにその母体である広島市立大学の国際的信頼性そのものを崩壊させることにつながるであろうと私たちは深く懸念します。広島平和研究所が、「日本軍性奴隷(『慰安婦』)」と「韓国人被爆者」という戦争被害者の人権を守るために、また、正義と公正の実現を求めて活動を続ける市民のために、平和と正義への堅固な信念と勇気をもってこの問題の処置に当たられることを私たちは強く望みます。 

2017年12月10日

日本軍「慰安婦」問題解決ひろしまネットワーク
共同代表 足立修一 田中利幸 土井桂子
連絡先住所:730-0036 広島市中区袋町6-36
合人社ウェンディひと・まちプラザフリースペース気付メールボックス132号
FAX:082-923-6318(土井)


<賛同団体>
アイ女性会議広島県本部
アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)
「慰安婦」問題解決オール連帯ネットワーク 
川崎から日本軍「慰安婦」問題の解決を求める市民の会
韓国の原爆被害者を救援する市民の会・広島支部
教科書問題を考える市民ネットワーク・ひろしま
日本コリア協会・広島
在日の慰安婦裁判を支える会
市民運動交流センター(ふくやま)
スクラムユニオン・ひろしま
ZENKO(平和と民主主義をめざす全国交歓会)・広島
戦争と女性の人権博物館(WHR)日本後援会
「戦争と女性への暴力」リサーチ・アクションセンター(VAWW RAC)
第九条の会ヒロシマ
多摩ほうせんか
東北アジア情報センター
南京大虐殺60ヵ年広島県連絡会
日本キリスト教団日本軍「慰安婦」問題の解決をめざすプロジェクトチーム
日本キリスト教団北海教区性差別問題担当委員会
日本軍「慰安婦」問題解決全国行動
日本軍「慰安婦」問題解決のために行動する会・北九州
日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワーク
日本軍「慰安婦」問題の解決をめざす北海道の会
日本軍「慰安婦」問題の早期解決を求める奈良ネット
日本軍「慰安婦」問題を考える会・福山
念仏者九条の会
ピースリンク広島・呉・岩国
広島県教職員組合
広島宗教者平和協議会
ひろしま女性学研究所
フィリピン人元「従軍慰安婦」を支援する会
フィリピン元「慰安婦」支援ネット・三多摩 (略称 ロラネット)
みどり福山
Little Hands

(2017年12月10日現在 34団体)

2017年11月26日日曜日

International Day for the Elimination of Violence Against Women and the Bird Girls Exhibition


「女性に対する暴力撤廃国際デー」と『<鳥と女性>展覧会』
 (日本語の説明は英語説明の後をご覧ください)

Last Saturday, November 25, was International Day for the Elimination of Violence Against Women (http://www.un.org/en/events/endviolenceday/ ), and various events on the theme “violence against women” are now under way all over the world until December 10. For example, a large gathering of people holding candlesticks was held in Seoul on the evening of November 25, commemorating the Korean victims of Japanese military sex slavery. Concurrently similar events were also conducted in Tokyo, Hiroshima, and many other places in Japan.     

Needless to say, “violence against women” is not just a problem of the past: it is still happening, literally every day, in many places in the world. It is my belief that the recent upsurge of violence against women in our so-called civilized daily life is deeply inter-related to the current ongoing armed conflicts and terrorist attacks happening in many parts of the world.  

Recently in Japan, a horrific crime was revealed: within the short period of three months between August and October this year, a 27 year old man murdered eight young women and a boy, who was believed to be a boyfriend of one of those female victims. He dissected the bodies of all his victims and kept them in coolers in his apartment. This shocking series of events reminds us of one of Grimm’s gruesome Fairy Tales, Bluebeard, originally written by Charles Perrault. In this story a rich man nicknamed “Bluebeard” married many times, killing his wife each time in order to remarry. He kept the dead bodies of those women in a small room in the basement of his mansion. When a newly-wed young woman discovered what he had done he tried to kill her too. She released a homing pigeon with a message, asking her brother for help. Her brother immediately came to rescue her and saved her just as Bluebeard was about to murder her. (There are a few different versions of this story, and in some of the other versions she screamed, instead of using a pigeon, to call for help.)

In Australia, 73 women were officially recorded as the victims killed by violence against women in 2016. In 2015 the number was 86. The actual number of victims might well be far beyond those official statistics. In Australia the Victorian State Government has been vigorously campaigning against violence against women, and it now has a Minister for the Prevention of Family Violence. The Victoria State Government is now supporting various events commemorating the International Day for the Elimination of Violence Against Women. On the evening of November 25 “Bird Girls,” an art exhibition that is one of those events, opened in Melbourne. Its theme is taken from the story Bluebeard. It is held in the Foyer of Hamer Hall at the Melbourne Art Centre and will remain open until December 10.

The exhibition consists of 74 drawings of women with birds, representing 73 officially recorded victims of violence and one woman who symbolizes other unofficially recognized victims. Faceless women seem to symbolize the dehumanization of the victims of male violence, many cases of which are sexual violence.   

The artist is Alisa Noe Tanaka-King, who happens to be our younger daughter. (With her middle name, Noe, Alisa is named after Ito Noe, a Japanese anarchist, social critic, author and feminist, who was very active during the so-called Taisho Democracy period between the early 1910s and ’20s.)

Alisa’s Speech at the Opening of the Exhibition
Detailed information on Alisa’s ‘The Bird Girls’ project is available at the following blog.                    



 

「女性に対する暴力撤廃国際デー」と『<鳥と女性>展覧会』

先日、11月25日は「女性に対する暴力撤廃国際デー」で、12月10日まで世界各地で関連イベントが催されます。韓国のソウルの清渓広場では大規模なキャンドル集会が開かれ、すでに亡くなられている被害者も含め、全ての日本軍性奴隷被害者に女性人権賞が授与されたとのこと。広島でも、昨夕、原爆ドーム東側で日本軍「慰安婦」問題解決ひろしまネットワークが主催するキャンドル・アクションと呼ぶ集会が開かれました。

あらためて言うまでもなく、男による「女性に対する暴力」は過去の問題ではなく、今も文字通り毎日、世界各地で起きています。世界各地で軍事紛争とテロ攻撃が止まない現状と、日常生活における「女性に対する暴力」がますます増加している状況とは、実は深いところで密接に関連しているのではないでしょうか。

日本では、つい最近、27歳の青年が3ヶ月ほどの間に9人(うち8人が若い女性で、もう1人は、それらの女性のうちの1人のボーイフレンド?)を殺害し、解体した屍体をクール・ボックスに入れてアパートに置いていたというショッキングなニュースが報道されました。実は、これに似たような「青髭」と題する、原作はシャルル・ペローによる話が、グリム童話の中にも一時含まれていたことがあります(あまりにもおぞましい話なので、グリム童話集から取り除かれたようですが)。金持ちの「青髭」の男は、何度も結婚していたのですが、その妻たちはみな行方不明。実際には、彼は妻を殺して、死骸を全部、屋敷の地下の小部屋に隠していたのです。そのことを知った新妻も殺されそうになりますが、鳩を飛ばして兄に救いを求めることで助かったというお話です(鳩を飛ばさずに、叫んで救いを求めたとか、この話にはいろいろなバージョンがあるようですが)。

オーストラリアでも、昨年1年間で、公式統計上、73人の女性が男性の暴力の犠牲になって亡くなっています。一昨年は、その数は86名でした。しかし、公式統計に含まれていない犠牲者も多くいますので、実際の犠牲者数はこれよりはるかに多いと思われます。オーストラリアのビクトリア州政府(メルボルンが州都)も、最近は「女性に対する暴力」問題解決のためのキャンペーンにひじょうに力を入れており、州政府には「家庭内暴力担当大臣」もいます。ビクトリア州政府は、「女性に対する暴力撤廃国際デー」のための企画行事の一つとして、一昨夕、『The Bird Girls<鳥と女性>展覧会』の開会式を行いました。

この展覧会では、メルボルン市内の芸術センターのヘイマー・コンサート・ホールのロビーに74枚の<鳥と女性>の絵が飾られています。テーマは上記の「青髭」の話からとったもので、73人の女性犠牲者と、その他の不明の犠牲者たちを総合的に象徴する1名の女性、合計74名の女性と、それらの女性に寄り添う様々な鳥が描かれています。ただし、女性には「顔」がありません。(性)暴力の被害女性は、人間的個性を剥奪された存在であるということを意味しているようです。女性の髪型も、昔風なものからパンク調のものまで様々で、時代と階層を超えた「犠牲者」の多様性を表現しているようです。

この絵の作家の名前は Alisa Tanaka-King (田中キング 愛利然)で(ちなみに彼女のミドル・ネームは「Noe (野枝)」で、彼女の父親が「伊藤野枝」からもらってつけました)で、偶然にもその父親とはこの私です(笑)。メルボルンまでこれらの絵を見に来ていただければ本人にとってはとても光栄なことと思いますが、それは無理ですので、お時間があるときにでも彼女のこのプロジェクトのブログを観ていただければ、決して無関係でない私としても嬉しいです。
The Bird Girls







2017年11月19日日曜日

Publications 出版報告


1)Hidden Horrors: Japanese War Crimes in World War II  Second Edition
日本軍が主として南西太平洋各地で犯した戦争犯罪諸例を分析した1996年出版の拙著 Hidden Horrors の改訂増補版。ジョン・ダワーによる「前書き」も一新。 
2)拙訳 ジョン・ダワー著『アメリカ 暴力の世紀:第二次大戦以降の戦争とテロ』(岩波書店) Japanese edition of John Dower’s new book The Violent American Century: War and Terror Since World War II (Dispatch Books)

1) Hidden Horrors: Japanese War Crimes in World War II  Second Edition
with Foreword by John Dower.


https://rowman.com/ISBN/9781538102701/Hidden-Horrors-Japanese-War-Crimes-in-World-War-II-Second-Edition
This landmark book documents little-known wartime Japanese atrocities during World War II. Yuki Tanaka’s case studies, still remarkably original and significant, include cannibalism; the slaughter and starvation of prisoners of war; the rape, enforced prostitution, and murder of noncombatants; and biological warfare experiments. The author describes how desperate Japanese soldiers consumed the flesh of their own comrades killed in fighting as well as that of Australians, Pakistanis, and Indians. He traces the fate of sixty-five shipwrecked Australian nurses and British soldiers who were shot or stabbed to death by their captors. Another thirty-two nurses were captured and sent to Sumatra to become “comfort women”—sex slaves for Japanese soldiers. Tanaka recounts how thousands of Australian and British POWs were massacred in the infamous Sandakan camp in the Borneo jungle in 1945, while those who survived were forced to endure a tortuous 160-mile march on which anyone who dropped out of line was immediately shot. This new edition also includes a powerful chapter on the island of Nauru, where thirty-nine leprosy patients were killed and thousands of Naurans were ill-treated and forced to leave their homes. Without denying individual and national responsibility, the author explores individual atrocities in their broader social, psychological, and institutional milieu and places Japanese behavior during the war in the broader context of the dehumanization of men at war. In his substantially revised conclusion, Tanaka brings in significant new interpretations to explain why Japanese imperial forces were so brutal, tracing the historical processes that created such a unique military structure and ideology. Finally, he investigates why a strong awareness of their collective responsibility for wartime atrocities has been and still is lacking among the Japanese.

2)拙訳 ジョン・ダワー著『アメリカ 暴力の世紀:第二次大戦以降の戦争とテロ』(岩波書店)
本書の内容

第二次大戦および冷戦の覇者、アメリカ.そのアメリカは、どのような経緯で現在の世界の混沌を生み出してしまったのか。『敗北を抱きしめて』の著者があらたに取り組む、アメリカの暴力の歴史・軍事をめぐる歴史とテロなどの不安定の連鎖拡大の現状について、簡潔に、かつ深く洞察した待望の書。トランプ時代を危惧する日本語版序文を付す。

「訳者後書き」からの抜粋

ここで描かれているのは、戦後これまでの70年以上にわたる「パックス・アメリカーナ(アメリカの支配による平和)」の追求が、実は、「平和の破壊」をもたらす連続であったということ。すなわち、「暴力的支配」が産み出す「平和の破壊」を、「支配による平和」に変えようとさらなる「暴力」で対処することによって、皮肉にも、「暴力」の強化と拡大を「戦争文化国家」である米国が、世界中で、繰り返し、悪循環的に産み続けてきたという事実である。現在のひじょうに不安定な世界状況が、いかなる過程を経て発生し、発展してきているのかが簡潔明瞭に理解できる分析となっている。

日本は、このようなアメリカに自国を軍事的にますます従属させるために、このわずか数年の間に、特定秘密保護法の導入、集団的自衛権行使容認閣議決定、明らかに憲法違反である新安保法制導入、沖縄米軍辺野古新基地の強権的な建設、原子力空母ロナルド・レーガンを中心とする第5空母航空団の岩国への移転、戦前・ 戦中の「治安維持法」なみの悪法である「共謀罪法」の制定などを、次々と推し進めてきた。さらには、北朝鮮攻撃を視野に入れた巡航ミサイル導入の計画や、最終的には憲法九条破棄を目指すスケジュールをも今や具体的に進めつつある。かくして、日本市民は米国の「グローバル・テロ戦争」へとますます深く引きずり込まれつつあり、日本社会もまた「戦争文化国家」への道を急速に進みつつある。このような危機的な時期であるからこそ、ダワーのこの著書『アメリカ 暴力の世紀』を、我々自身を見つめる鏡として熟読すべきであろう。

2017年9月19日火曜日

「ヤマザキ、天皇を撃て!」:奥崎謙三の「憲法第1章無効論」再考


反天皇制運動連絡会のニュースレター『Alert』9月号に寄稿した論考です。ご笑覧、ご批評いただければ幸いです。

九州の炭鉱労働者で秀れた作家でもあった上野英信(1923〜87年)は、「天皇制の『業担き』として」と題した短いエッセイの中で、次のような話を紹介している。

  1944年、わたしが旧満州国に君臨する関東軍の山砲兵であった当時のこと。わたしたちの起居する兵舎のかたわらに、夜になると幽霊が出るといわれる厠があった。古参兵の話によれば、一人の兵卒が歩哨として営内をまわっている途中、その厠に入って首を吊って死んだのだという。おそらくひどい腹痛か下痢のために我慢ができなかったのであろう。その兵士は軍律違反とは知りながらも厠にとびこんだのである。
  銃を厠の中にもって入ってさえいれば、たぶん彼は死ななくてすんだであろう。しかし、不幸にして、彼はそんな忠誠心のない兵隊ではなかった。彼は、畏くも大元帥陛下から授かった菊の紋章入りの銃を、厠の中にもちこむことはできなかった。彼は銃を厠の戸口に立てかけ、自分だけが中に入った。出てきてみれば、すでに銃は見当たらなかった。彼が厠に入っているあいだいに巡察の将校がきて、その銃をもちさってしまったのだという。
  哀れな兵士は、やがて彼の身に襲いかかるであろう冷酷な運命をしりつくしていた。彼はふたたび厠の中に入っていった。そして帯革をはずして梁にかけ、みずからの若い生命を断った。それ以来、彼が首を吊った厠の中から、夜ごと「銃を返してください……」「銃を返してください……」という、たましいをふりしぼるような声がきこえてくるようになったということである。

上野は、この話を単なる「天皇制の犠牲」の一例として紹介したわけではない。「その犠牲者の痛恨をわがこととしてとらえる苦悩と悲哀がなければ、けっして死霊を目のあたりにすることはありえない」という、彼の極めて個人的な想いからであり、この話の背後には、日本人だけではなくアジア諸民族の「言葉につくせないほど陰惨な死が」無数にあったという絶望的な痛恨からであった。しかも、その「痛恨」には、自分自身もまた戦争責任、すなわち天皇制の「罪と罰」を担っているという強烈な意識が含まれていた。彼は、この意識を、天皇制の「業担(ごうか)き」(北九州地方の言葉で、「バチカブリ」あるいは、「さらにどろどろした、重い呪咀を担う」という意味)と称した。つまり天皇裕仁と戦争に駆り出された自分たちは、「犬死」した無数の「死霊の呪咀」を受けとめ、それを担って生きてゆくほかには道がないのだという、壮絶な叫びであった。

1969年1月2日朝の新年一般参賀で、皇居長和殿東庭側ベランダに立った裕仁を狙って、25.6メートルの距離から、ニューギニア戦線での生き残り兵であった奥崎謙三がパチンコ玉3発をまとめて発射、続いてもう1発を「おい、ヤマザキ、ピストルで天皇を撃て!」と大声で叫びながら投射。裕仁には1発も当たらなかったが、奥崎はその場で即座に逮捕された。なぜ「ヤマザキ」なのか?おそらく、その「ヤマザキ」は、ニューギニアでほとんどが餓死した独立工兵第36連隊の自分の仲間の一人であったのであろう。奥崎は、前日の1月1日に上京し、ニューギニア戦の戦友の一人に会って、「自分なりの方法で戦友に対する慰霊祭を行うために上京した」と述べている。奥崎のこの奇抜な行動は、まさに上野が称した「業担き」であったと私は考えている。(因みに、当時はバルコニーに防弾ガラスが入っていなかったのであるが、この事件以降から入れるようになったとのこと。)真面目であればある人間ほど、「業担き」から精神的に逃れきれず、死者の怨念にとらわれていったと言えるのではなかろうか。(実は、このパチンコ玉発射事件の2時間後には、同じく天皇制反対行動として2人が皇居内で発煙筒をたくという事件が起きているが、二つの事件は全く無関係で、偶然に同日に起きたものである。)

奥崎謙三のパチンコ玉事件については、ニューギニアでの日本軍隊内部での(とりわけ人肉食をめぐる)犯罪行為を徹底的に追求する彼の行動を追ったドキュメンタリー映画、『ゆきゆきて、神軍』(1987年公開)の中でも取り上げられ、周知のところである。ところが、パチンコ事件で逮捕された奥崎が、法廷でいかなる弁護主張を展開したかについては、残念ながら、ほとんど知られていない。

奥崎は身柄拘束のまま起訴され、1970年6月8日の東京地方裁判所の一審で、暴行罪を定めた刑法102条違反として、懲役1年6ヶ月の有罪判決を受けたが、奥崎側も検察側も控訴した。二審は、東京高等裁判所で行われ、1970年10月7日に、一審と同じ懲役1年6ヶ月の有罪判決を受けた。しかし、二審では、一審の未決勾留日数の算定方法と意見が食い違ったため、二審判決は、形の上では「原判決破棄」の上で新しく出された判決となり、その結果、即日釈放された。暴行罪の法定最高限は懲役2年であるのに対して、1年6ヶ月という重い実刑判決内容だっただけではなく、逮捕されてから1年6ヶ月(604日)の間、一度も保釈されずに身柄を拘束され続けたのも、通例の暴行事件と比較しても異例なことであった。しかも、一審中では、被告人の申請を受け入れて、裁判所が保釈許可の決定を下したにもかかわらず、高裁の決定で却下されたため、保釈はされなかったのである。これは暴力行為の対象が、通常の市民ではなく、「日本国の象徴」の「天皇」裕仁であったことからの特別の処置であり、その意味では憲法第14条に抵触していたのではないかと考えられる。

この点を東京地方裁判所の裁判官・西村法も憂慮してか、暴力行為そのものについては「天皇に対し敢行された周到に準備された計画的な犯行でありその犯行の態度からみて、実害発生の危険性がかなり高いものであることからいえば、被告人の刑事責任が相当重い」としながらも、「被告人のようないわば確信犯については、刑に予防拘禁的な機能を含ませてしまうことを保し難いといわなければならないのであって、被告人の本件犯行の動機・経緯及び態様等の本件犯行に直結する情状にかんがみ、なお憲法第14条の趣意をも参酌すると、前示累犯前科の点を考慮しても本件について検察官主張のような刑法第208条の法廷刑を超える刑を量定することは適当ではなく……主文掲記の刑を量定した」(強調:引用者)と述べた。ところが、「憲法第14条の趣意をも参酌すると」という意味が、具体的にはいったい何を意味しているのかについてはなんの説明もされていないのである。

しかも、一方で「天皇」に対する暴力行為の「刑事責任が相当重い」とも主張しているのであるから、この場合の「憲法14条の趣意」とは、「法の下の平等の趣意」から「天皇も一般国民と同様に扱うべきであり、特別な法的保護を与えるべきではない」ということを意味しているのではなさそうである。そうではなく、むしろ「被告人が天皇と天皇制に対して反対意見をもっているからといって、それ自体を問題にしてはならず、一般市民に対する暴行罪と同様に扱うべきである」と主張しているように思われる。

ところが、二審判決は、明らかに憲法第14条に抵触する内容となっているだけではなく、奥崎の行動は憲法第1条に対する「犯罪行為」であるとまで厳しく断罪し、裁判長・栗本一夫は次のように述べたのである。「検察官の主張をみるに、所論がその理由の第一として、本件が日本国憲法によって、日本国の象徴日本国民統合の象徴としての地位を有する天皇に対する犯行であって、極めて悪質であり、社会的影響も甚大であるとする点に対しては、もとより同調する……」(強調:引用者)。戦前戦中の「不敬罪」を想起させるような内容の判決文である。ところが、ここでも一審判決同様に、検察側の控訴要求は「暴力事件としては余りにも重きに過ぎる」として、同じ懲役1年6ヶ月の判決内容を量定した。つまり、明らかに判決内容に矛盾がみられるのである。天皇の存在には一般国民とは決定的に異なった特別の法的地位があり、したがって奥崎の行動が憲法第1条に対する由々しい犯罪行為であったと主張するなら、簡単に「一暴力事件」として処理することができないはずである。逆説的に言えば、奥崎の行動を一般国民に対する「一暴力事件」として取り扱うのであれば、天皇の存在に特別の法的地位を認めること自体に論理性がなくなるはずである。かくして、二審の判決では、一審判決が触れた憲法第14条には全く触れずに、この問題については意図的に言及を避けたように思われるのである。

ところが、私が最も重要だと思うのは、この二審判決を受けて奥崎が最高裁への上告のために準備した趣意書の内容である。それは、「極めて悪質であり、社会的影響も甚大な」、天皇に対する「犯罪」という二審判決に真っ向から挑戦した、見事な論理性をもった格調高い主張となっている。その主張の趣旨は、憲法第1章「天皇の規定」は、憲法前文の「人類普遍の原理」からして違憲無効の存在であるというものである。「人類普遍の原理」に言及する憲法前文の部分は、以下のような文章である。

そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであつて、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。(強調:引用者)
いまさら説明するまでもないが、この前文を持つ現行憲法は、1946年10月29日に「修正帝国憲法改正案」として枢密院本会議で可決され、同日に裕仁が裁可し、11月3日に公布された。しかも、この公布日の11月3日には、裕仁が「日本国憲法の勅語」なるものを発表しているのである。つまり、憲法前文ではっきりと、「人類普遍の原理」に「反するいっさいの憲法、法令及び詔勅を排除する」と書かれた新憲法を発布するにあたって、この前文の内容を文字通り、あからさまに侵害する「詔勅」を裕仁が発表していたという、驚くべき事態があったことを我々はもう一度想起すべきであろう。
しかし、奥崎が上告趣意書で問題にしたのは「詔勅」ではなく、もっと根本的な「人類普遍の原理」と「天皇制」の関係である。奥崎いわく、

  一、二審の判決と求刑をした裁判官、検察官は、本件の被害者と称する人物を『天皇』であると認めているが、現行の日本国憲法の前文によると、「人類普遍の原理に反する憲法は無効である」と規定しており、『天皇』なる存在は「人類普遍の原理」に反する存在であることは自明の常識であり、『天皇』の権威、価値、正当性、生命は、一時的、部分的、相対的、主観的にすぎないものであり、したがってその本質は絶対的、客観的、全体的、永久的に『悪』であるゆえに、『天皇』の存在を是認する現行の日本国憲法第一条及至第八条の規定は完全に無効であり、正常なる判断力と精神を持った人間にとっては、ナンセンス、陳腐愚劣きわまるものである。…… (強調:原文)
この奥崎の見事な喝破に反論するのは、ほとんど不可能のように思える。したがって、最高裁の上告棄却の反論が、全く反論の体をなしておらず、なんの論理性もない誤魔化しに終わっていることも全く不思議ではない。上告棄却は下記のようなごく短いものである。
被告人本人の上告趣意のうち、憲法一条違反をいう点は、被告人の本件所為が暴行罪にあたるとした第一審判決を是認した原判決の結論に影響がないことの明らかな違憲の主張であり、同法十四条、三七条違反をいう点は、実質は単なる法令違反事実誤認の主張であり、その余は、同法一条ないし八条の無効をいうものであって、いずれも刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
つまり、憲法第1条と暴行罪は無関係であり、14条違反やその他の点に関する主張も、単なる「事実誤認」だと述べ、なぜ事実誤認なのかについての説明も一切しない。なぜなら、説明のしようがないコジツケだからである。
現行憲法の成立過程を見てみれば、憲法第9条は憲法第1章(1条から8条)で天皇制を守り維持するという、GHQと日本政府の共通の目的のために設置されたという当時の政治的背景があったことは否定できない。したがって、「人類の普遍原理」に基づく「憲法の理念」、それをある意味で具現化した「憲法9条」、それらと憲法第1章との間に根本的な矛盾があるのは当然なのである。この決定的矛盾を暴露するには、裕仁個人と(明仁を含む)天皇制自体の戦争責任をあくまでも追及する、市民の広範な「業担き」が不可欠であると私は強く信じてやまない。
田中利幸(歴史家、「8・6ヒロシマ平和へのつどい」代表)