「2017年広島日韓関係シンポジウム」における黒田勝弘(元産経新聞論説委員)発言に関する批判声明文
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2017年3月24日、広島国際会議場「ダリア」にて、韓国の世宗研究所と韓国国際交流財団が主催し、広島市立大学広島平和研究所と駐広島大韓民国総領事館の後援による、「2017年広島日韓関係シンポジウム」が開催されました。このシンポジウムには、一般市民も参加を呼びかけられ、日韓関係諸問題について市民にも問題意識を強め知識を深めてもらいたいという目的が含まれていたように思われます。そのような趣旨に応える形で、私たち「日本軍『慰安婦』問題解決ひろしまネットワーク」事務局からも、2名のメンバーが傍聴しました。
黒田勝弘氏発言の問題点
シンポジウムの第2部として行われた「ラウンド・テーブル討論」には、日韓両国側から学者やジャーナリスト数名が登壇者として招かれ、発言を行いましたが、そのうちの一名は元産経新聞論説委員の黒田勝弘氏でした。その発言内容には、以下のような2つの重大な問題があると私たちは考えました。
1)自己紹介で自分と広島とのつながりを説明する場面で、黒田氏が「女房も『現地調達』した」と発言したこと。
その発言を聞いた途端、傍聴した私たちのメンバーは、その酷さに驚かざるをえませんでした。「自分の配偶者(そして女性一般)をモノ(道具)扱いにした」発言だと受け取りました。後日、この報告を受けた「日本軍『慰安婦』問題解決ひろしまネットワーク」事務局のメンバーも全員、黒田氏のこの発言は重大であると感じました。この「現地調達」という言葉は、アジア太平洋戦争(1931〜45年)中、日本軍が侵略戦争を展開する中で戦略上の必要から、食糧及び「慰安婦(=日本軍性奴隷)」を「現地調達=略奪/強制連行」した行為を指す軍事用語として頻繁に使われたものです。この「現地調達」は、文字通り、アジア太平洋各地で日本軍が行った非道な戦争犯罪行為であり、その最も残虐なものが主として中国の華北地域で行われた「三光(殺し、焼き、奪いつくす)作戦」でした。
すなわち「現地調達」の過程で、しばしば住民殺害が起こり女性に対しては性暴力が振るわれたのです。いわゆる「慰安婦」と呼ばれた女性たちは、日本人や当時日本の植民地であった朝鮮半島や台湾からアジア太平洋地域に送りこまれた女性たちだけではありません。中国、フィリピン、インドネシア、マレーシア、東ティモール、ニューギニアや南太平洋の島々の多くの女性たちが、文字通り「現地調達」されて日本軍によって各地に設置された「慰安所」に連行され、日本軍兵士たちの性奴隷として、自由を奪われ性の相手を強要され、反抗すると軍刀等も使った暴力を受けるという、言語に絶する苦しい経験を長期間にわたって強制されたことを考えてみてください。こうした事実に思いを馳せるならば、冗談にも「女房を現地調達した」などという表現をすることが、どれほど女性の人権を無視しており、戦争被害者を侮辱しているのかは一目瞭然です。発言者である黒田氏の恥ずべき女性観と歴史的知識の無さを明らかにしています。
戦後日本がアジアに経済進出をしていく中で、また観光旅行の行く先々で女性を自分の性欲のはけ口として扱い、「現地妻」や「買春観光」という言葉も生まれましたが、この発言は、女性ならびに女性の性が道具として扱われていることを示すものです。特に「慰安婦」問題が討論の一つになる席での発言として、人権意識、女性の人権に対する認識のなさを披瀝するという驚くべきものでした。
国連の女性差別撤廃条約が発効し、1995年北京で開催された世界女性会議で「女性の権利は人権です」と明言され、女性の人間としての権利の確立と女性に対する暴力や差別の撤廃に努力している国際社会だからこそ、今なお日本軍「慰安婦」問題のまっとうな解決が世界から求められ、「平和の碑(いわゆる少女像)」の建設が続いているのです。そのことを直視できないでいる日本社会の現実の一端がこの発言に如実に現れていると私たちは考えます。
国連の人権条約に基づく拷問禁止委員会は、数年おきの報告書の中で毎回「慰安婦問題」をとりあげ、日本政府の対応を厳しく批判してきました。今年5月にもまた、その報告書の中で2015年末のいわゆる日本軍「慰安婦」問題に関する日韓政府間「合意」について触れ、「被害者に対する補償や名誉回復、真相解明、再発防止の約束などについては十分なものとは言えない」と指摘しています。その上で、被害者への補償と名誉回復が行われるよう日韓両国は合意を見直すべきだと述べ、事実上、合意について再度やり直すべきだと勧告しています。ところが日本政府は、「日韓合意」で10億円を払う代償に、これ以上、韓国は「慰安婦問題」には触れないこと、しかも「日韓合意」の内容には含まれていない「平和の碑」撤去まで安倍政権は韓国政府に要求しましたし、今も同じ要求を迫り続けています。これはつまり、10億円で「韓国人慰安婦」に関する記憶を抹消すること、「被害者」を私たちの記憶から抹消してしまうことを意味しており、国連拷問禁止委員会が勧告している「被害者に対する補償や名誉回復、真相解明、再発防止の約束」とは全く逆の、無責任極まりない、人道にあからさまに反する要求です。
日本政府がこのような恥ずべき外交政策を取っていることに日本の多くの政治家や市民が疑問を呈しないという社会背景には、黒田氏のような「女性蔑視感」と「歴史認識の欠落」が異常であるとは思われていないという、日本社会独自の由々しい問題があります。したがって、黒田氏の発言は、一ジャーナリストの個人的な無知と偏見として済ませるような単純な問題ではありません。彼の発言は、現在の日本社会の様々な面に深く刻み込まれている「女性蔑視感」と「歴史認識の欠落」という、2つの重大な問題をまざまざと露呈しているものであるということ、この事実を私たちは明確に認識しておく必要があります。このような社会状況を一般市民に知ってもらい改善するように努力することも、「日本軍『慰安婦』問題解決ひろしまネットワーク」の社会的責務であると、私たちは強く感じています。
シンポジウムの登壇者が全て男性であり、しかも日韓関係史を専門とする歴史家が一人もいなかったことに、もともと問題性を感じていましたが、「現地調達」という表現を使った黒田氏に苦言を呈する人が一人もいなかったことに、私たちは強い憤りの念を禁じえません。
2)「在韓/在外被爆者が被爆者手帳を持っているのは、日本政府の支援の結果である」という内容の発言をしたこと。
このシンポジウムでは、広島での開催ということで当然のことながら、原爆被爆の問題、特に在韓被爆者への援護の問題も話題に上がりました。黒田氏はこの問題にも触れて発言し、ここでも、厚顔無恥にも、次のように自分の決定的な「歴史的知識の欠落」を露呈しました。すなわち、「日本政府からの支援があって在韓被爆者は被爆者手帳を持っている」のであり、「日本政府や日本人、広島からの支援があったことを陜川で計画中の資料館に明記すべき」であると述べただけではなく、「韓国の関連施設や資料館は(日本政府に対して)糾弾調である」とも非難しました。つまり、在韓被爆者と韓国人は「日本に感謝すべきであって、苦情を言うな」という意味の主張をしたわけです。
私たちが在韓被爆者問題を考える上で、決して忘れてはならない2つのことがあります。第1に、当時、なぜそれほどまで多くの朝鮮人が広島・長崎に在住していたのかということです。すなわち、日本による植民地化と統治政策の結果として土地や生活の糧を奪われたがゆえに、過酷な労働条件のもとでも日本で働かざるをえないため、朝鮮半島の多くの人たちが広島・長崎にもやってきたこと。彼らとその子どもや孫たちの多くが、米国の原爆無差別大量虐殺の被害者となったという、その歴史的背景です。さらには、犠牲者の中には軍属徴用や強制連行という形で広島・長崎に無理やり連れてこられた人たちもいました。その結果、合計4万人あまりの朝鮮人が原爆無差別殺戮の犠牲者となり、3万人ほどが被爆者となって生存し、そのうちの2万3千人ほどが戦後まもなく帰国しました。この人たちは、日本による植民地化と米国の原爆無差別大量殺傷という二重の被害者であったということを、私たちは決して忘れてはなりません。こうした歴史的背景には、当然ながら、原爆無差別大量殺戮を犯した米国政府のみならず、日本政府にも法的・倫理的責任があることは言うまでもありません。
第2に、もともと日本政府は被爆者援護制度に様々な条件をつけ、長年にわたって国外在住者を援護策から排除してきたという事実を指摘しておく必要があります。在韓/在外被爆者が日本政府を相手にいくつもの裁判闘争を経て勝ち得た援護策は、被爆者自身のたゆまぬ努力と、彼らを長年にわたって支援してきた日本市民グループ、とくに「韓国の原爆被害者を救援する市民の会」の、地道な活動があってこそ実現したという事実です。そうした苦しい裁判闘争と市民運動の結果、ようやく韓国国内で被爆者手帳が申請できるようになったのは2010年からであり、医療費の支給が全面的に認められたのは2015年からでした。その間、多くの韓国人被爆者たちが病気と生活苦の中で亡くなっていかれました。「被爆者はどこにいても被爆者」という名言は、裁判を闘われた多くの韓国人の一人、郭貴勲さんの言葉です。韓国の資料館に明記すべきは、こうした厳然たる歴史事実であって、黒田氏が主張するような「虚妄の歴史」であってはなりません。
日本による朝鮮半島の植民地支配、韓国人被爆者差別という歴史を捨象したままの日韓間の課題に関する討論は、砂上の楼閣を論ずるようなもので未来のビジョンを指し示そうという目的達成には程遠いと思います。この点からしても、黒田氏のみならず、黒田氏の発言にほとんど疑問を持たなかったその他の講師の選任にも大きな問題があったと、私たちは強く感じている次第です。同じラウンド・テーブル討論の登壇者の中には、韓国人を含む在外被爆者問題について詳細な知識を持っていてしかるべき地元の『中国新聞』の論説委員も含まれていました。ところが、この論説委員も黒田発言についてはなんの反論もしませんでした。いかに「有識者」と称される人たちであれ、関連の歴史的背景について十分な知識をもたない人たちが、上記のような歴史的背景と複雑に絡んでいる現在の日韓関係問題について、正確且つ鋭利な分析ができるはずはありません。
公開質問状とそれに対する回答について
シンポジウムに対して私たちが持った以上のような深い疑念から、私たち「日本軍『慰安婦』問題解決ひろしまネットワーク」は、主催組織である世宗研究所と韓国国際交流財団、後援組織である広島市立大学広島平和研究所と駐広島大韓民国総領事館の全てに対して、2017年4月10日付で公開質問状を送りました。この質問状で、黒田氏がどのような考えで上記のような問題発言をされたのか、またシンポジウムを主催・後援された諸団体が、そうした発言についてどのように考えられ、その後、どのように対応をされたのか。さらには、講師選択で問題があったとは思われないのか、などについて問合せました。(ちなみに、この質問状には以下の5つの組織が賛同団体として参加しています。教科書問題を考える市民ネットワーク・ひろしま、第九条の会ヒロシマ、ピースリンク広島・呉・岩国、Little Hands、日本基督教団西中国教区性差別問題特別委員会)
主催組織である世宗研究所と韓国国際交流財団からは回答があり、回答に対して私たちがさらなる質問をするという形での交流がありました。その結果、主催の両団体は、黒田氏の発言に問題があり、彼を発言者として選んだことも間違っていたことを基本的には認められました。戦争被害者問題を取り扱う上で、今後、両団体が被害者の人権をあくまでも守る方針を堅持されることを祈ってやみません。
しかしながら、後援組織の一つである駐広島大韓民国総領事館からは、「質問状にどのように対応すべきかとまどっている」という内容の電話応答があったのみで、その正式な回答をいまだ受け取っていません。韓国人の戦争被害者の人権に関わる問題に関する私たちの真摯な質問に関して、自国の戦争被害者の人権を守る義務がある韓国政府の駐広島大韓民国総領事館が、その正式な姿勢を1日も早く表明されることを私たちは切望いたしております。
もう一つの後援組織である広島市立大学広島平和研究所からは、質問状に対する回答への私たちからの再度の要求にもかかわらず、全く応答がありません。後援組織とはいえ、シンポジウムでは研究所准教授の孫賢鎮氏が総合司会及び進行役を務め、第一部の司会を研究所所長である吉川元氏が務めるという形で深く関わった広島平和研究所が、このような重大な発言内容に関する質問状を無視し続けていることに対して、私たちは極めて遺憾に思っています。
あらためて言うまでもなく、日本における「日本軍性奴隷(いわゆる「慰安婦」)」問題や「韓国人被爆者」問題の取り扱い方は、いまや国際的な注目を集めており、国連人権関連諸委員会や海外の多くの人権団体が注目していることは周知のとおりです。平和研究・教育方針を強く国内外で強調している広島平和研究所が関わったシンポジウムで、この2つの問題に関して重大な発言があり、それに関して質問状を受け取っているにもかかわらず、無視し続けていることは、広島平和研究所ならびにその母体である広島市立大学の国際的信頼性そのものを崩壊させることにつながるであろうと私たちは深く懸念します。広島平和研究所が、「日本軍性奴隷(『慰安婦』)」と「韓国人被爆者」という戦争被害者の人権を守るために、また、正義と公正の実現を求めて活動を続ける市民のために、平和と正義への堅固な信念と勇気をもってこの問題の処置に当たられることを私たちは強く望みます。
2017年12月10日
日本軍「慰安婦」問題解決ひろしまネットワーク
共同代表 足立修一 田中利幸 土井桂子
連絡先住所:730-0036 広島市中区袋町6-36
合人社ウェンディひと・まちプラザフリースペース気付メールボックス132号
FAX:082-923-6318(土井)
<賛同団体>
アイ女性会議広島県本部
アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)
「慰安婦」問題解決オール連帯ネットワーク
川崎から日本軍「慰安婦」問題の解決を求める市民の会
韓国の原爆被害者を救援する市民の会・広島支部
教科書問題を考える市民ネットワーク・ひろしま
日本コリア協会・広島
在日の慰安婦裁判を支える会
市民運動交流センター(ふくやま)
スクラムユニオン・ひろしま
ZENKO(平和と民主主義をめざす全国交歓会)・広島
戦争と女性の人権博物館(WHR)日本後援会
「戦争と女性への暴力」リサーチ・アクションセンター(VAWW RAC)
第九条の会ヒロシマ
多摩ほうせんか
東北アジア情報センター
南京大虐殺60ヵ年広島県連絡会
日本キリスト教団日本軍「慰安婦」問題の解決をめざすプロジェクトチーム
日本キリスト教団北海教区性差別問題担当委員会
日本軍「慰安婦」問題解決全国行動
日本軍「慰安婦」問題解決のために行動する会・北九州
日本軍「慰安婦」問題・関西ネットワーク
日本軍「慰安婦」問題の解決をめざす北海道の会
日本軍「慰安婦」問題の早期解決を求める奈良ネット
日本軍「慰安婦」問題を考える会・福山
念仏者九条の会
ピースリンク広島・呉・岩国
広島県教職員組合
広島宗教者平和協議会
ひろしま女性学研究所
フィリピン人元「従軍慰安婦」を支援する会
フィリピン元「慰安婦」支援ネット・三多摩 (略称 ロラネット)
みどり福山
Little Hands
(2017年12月10日現在 34団体)
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