2025年6月9日月曜日

広島市長・松井一実の「教育勅語」利用に関する私見

Change.org 「広島市の松井市長は職員研修に教育勅語を使わないでください!」

にコメントを頼まれ短い拙文を送りました、ご参考まで。現在1万9千人を超える賛同者署名がありますが、まだまだ賛同者数が増えて欲しいキャンペーンです。

 

広島市長・松井一実の「教育勅語」利用に関する私見

田中利幸(歴史家)

毎年、市職員向けの研修で広島市長・松井一実は、「教育勅語」の一部を「民主主義的な言葉が並んでいる」、「先輩が作り上げたもので良いものはしっかりと受け止め、後輩につなぐことが重要」などと主張して、紹介している。

 

国民道徳の基本と教育の根本理念を明示する目的で1890年に発布された「教育勅語」には、12の「徳目」が入れられており、その中には親孝行、夫婦相和、朋友相信、博愛など儒教主義道徳教育が提唱した徳目も使われている。しかし問題は、「教育勅語」ではこれらの徳目が、天皇を神聖なる父と仰ぎその父に絶対的従属を誓う臣民を赤子とみなす「家父長制家族国家」という天皇制イデオロギーの正当化のために、明瞭には見えない形で利用されているということである。そのことは、12の徳目の中では、「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ(万一危急の大事が起ったならば、大義に基づいて勇気をふるい一身を捧げて皇室国家の為につくせ)」が最重要視されていることから明らかである。つまり「天皇のためにはいつでも一命を捧げよ」が、最も重要な徳目なのである。

 

かくして、この「教育勅語」が全国の学校で徹底して教え込まれることで、「神話的国体観」や「神聖君主絶対服従」の思想が全国民の思考の中に浸透させられていった。その無知と傲慢の結果が、朝鮮人・中国人をはじめとする多くのアジア民族の蔑視に繋がり、ひいては朝鮮・台湾植民地化、満州支配、中国への侵略戦争、そして最終的には壮絶な太平洋戦争へと突入し、自国民を焼夷弾・原爆無差別大量殺戮の大悲劇へと追いやり、国内外のアジア太平洋全域で数千万人という膨大な数の多民族の人命を失わせた。この厳然たる歴史経緯を忘れて、「教育勅語には民主主義的な言葉が並んでいる」などという愚鈍な発言を恥ずかしくもなく発することのできる人間に、広島市長を務める資格は全くない。

 

  この短いコメントを、谷川俊太郎の短い一編の詩の紹介で終わらせたい。

 

原子爆弾

「呪いのみが私を支える

無知と傲慢とが

ひとつの法則を畸形にする

そこからすべてがひびわれてくる

やがて無が蕈(きのこ)の形をして

一瞬宇宙を照らすだろう」

 

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