この小論考は『反天ジャーナル:天皇制を知る 考える』の依頼で書いたものです。『反天ジャーナル』の許可を得て、ここに転載させていただきます。
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めざましい非白人系英国人の進出
周知のように、英国の政治は今年7月から10月にかけて続いた混迷状態の末に、10月25日、リシ・スナクを首相とする新内閣が成立し、一応落ち着きを取り戻している。スナクは、インド系移民の両親のもとに1980年に英国内で生まれ、2015年に国会議員として初当選した。アジア系非白人で且つヒンズゥー教徒という背景を持つ人物が英国首相に就任したのは、長い英国政治史上初めてである。この背景には、この10年ほどで英国の政界に急激な変化が起きていることがあげられる。2010年の非白人系(英国では「人種的少数派」と呼ばれる、主として黒人系・アジア系市民)国会議員の当選者数が27名であったのが、2019年には65名まで増え、現在は下院の1割が非白人である。しかも、首相を含め閣僚の5人が非白人である。
政界におけるこうした変化は、もちろん社会全体における変化の反映である。2018年の統計調査では、英国全人口に占める非白人系の人口は13.8%であるが、都市部ではその数字は非常に高く、ロンドンでは40%の住民が非白人で、ロンドン市議会議員の28%が非白人である。非白人系とは、元々は大英帝国植民地であったアフリカ・カリブ海諸国やインド・パキスタンなどからの移民を両親や祖父母とする、英国生まれの人たちである。政界だけではなく、公務員数に占める非白人の割合はさらに高く、2022年の統計調査では、英国の公務員総数の25.2%、すなわち4人に1人にまでなっている。さらに医師ならびに医療関係の仕事に従事している非白人数は、英国全体でそれぞれ49%と41.9%となっており、そのうちアジア系が34.5%と32.2%と際立って高い。つまり、医師や看護婦のほぼ半数は非白人系で、その大部分がアジア系である。
英国王室もこうした状況を踏まえて、王室職員に占める非白人系の割合を増やさざるをえず、2011年にはその割合は8.5%、2022年には10%にまで徐々に増やしてきている。
英連邦の多民族性の象徴として生き残りをはかってきた英国王室
日本の天皇は、「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」と憲法で規定されているが、一般的には日本国民=大和民族という単一民族の象徴と理解されていると言ってよいであろう。ところが、英国の国王は単に英国=Britain (正式には United Kingdom of Great Britain)の国家元首であるだけではなく、1926年に設立された英連邦王国(British Commonwealth of Nations)という制度に基礎をおく、「Commonwealth of Nations(諸国家連邦)」の代表=象徴という存在でもある。ちなみに日本ではいまだに「イギリス連邦」または「英連邦」という用語が使われているが、厳密にはこれは間違いであって、1949年から「英国」という言葉は「連邦」とは分離されて、「諸国家連邦」という名称だけになっている。
今その歴史的背景を詳しく解説している余裕がないので、ごく簡単にだけ説明しておくが、「諸国家連邦」は54カ国の加盟国からなる組織であり、そのほとんどは世界各地に存在していた大英帝国支配下の旧植民地であった。
19世紀後半、英国は、オーストラリア、カナダ、ニュージーランド、南アフリカの白人中心の植民地に自治権を与えて独立を認める代わりに、英国王(女王)に対し引き続き元首として忠誠を誓う国家連合体として強く連携する体制=英連邦王国を設置した。ところが、第2次大戦終結直後の1947年段階で、最大の植民地でしかも非白人民族が主体のインドとパキスタンが独立したのを機に、1940年代後半から50年代にはアジア諸国が次々とイギリスから独立し、英国王を元首としない共和国となった。英国側は、国王を元首としない共和国でも英連邦内に残留できる制度にして、旧植民地国に対する英国の影響力を出来るだけ維持することをはかった。多くの旧植民地=中小国にとっては、英国をはじめカナダ、オーストラリアなどの先進国から、経済・貿易・税制面での優遇など、有形・無形の様々な支援を受けることができるという実利もあって、英国を中心とする連邦制度に加盟国として残ることになり、現在に至っている。
この連邦制度の代表者である英国王は、54カ国の加盟国、すなわち世界の独立国の4カ国に1つ、総人口にして24億人余りで、全世界約77億人のほぼ3分の1という多民族・多文化の「象徴」なのである。王室家族内は不倫、離婚、未成年者との性交をめぐる裁判、親族内輪もめなど、問題だらけであるが、故エリザベス女王は、この多民族・多文化の「象徴」というポジションをひじょうに巧みに活用し、彼女に対する敬慕と憧憬を連邦諸国の無数の一般市民の心に常に掻きたて続けることで、立憲君主制の継続保持に務めてきた。新国王であるチャールズが、果たしてどこまで母親の偉業を継承することができるかどうかは未知数である。
「土地の権利」と「血の権利」のギャップ
こうした多様な民族・文化が複合した歴史的背景を持つ国家である英国の王室と、いまだに単一民族、単一文化を誇りにしている国家である日本の皇室との間の決定的な違いの一つは、王室/皇室が「国民の認定」の仕方といかなる関係にあるのか、その関係の違いである。
英国の場合は、例え旧植民地からの移民の子孫であろうと、英国の土地に生まれ、そこに住みつく人間は誰であれ英国市民として認定されるのは当然であり、選ばれれば首相の座につく権利さえある。国王/女王はそうした多民族・多文化の背景を持った市民の代表=元首であり、象徴として存在する。よって国王/女王だけではなく、王室のメンバー全員が、人種的・文化的な「多様性と包括性」の方針を常に順守しなければならないと定められている。すなわち、英国民が国民として認められるのは、英国という土地で生まれたという「土地の権利」であり、その人間がどのような「人種的な血」を持っているかとは無関係で、国王/女王も国民のその「土地の権利」を尊重しなければならない。
一方、日本では、日本という土地で生まれ育っても、例えば親が韓国人/朝鮮人であれば「人種的な血」が問題視され、「土地の権利」は否定され、日本人とはみなされない。「血の権利」は、親から日本人の血を受け継いだ人間にだけ認められるのである。よって「血の権利」を持たない難民や移民希望者も、最初から受け入れられないどころか、犯罪者扱いされて監禁され、最悪の場合は監禁所で命を落とすことになる。
こうした血縁の重視は、同時に民族とその文化(言語・生活様式・宗教など)の重視でもあり、天皇はそうした民族と文化の象徴として崇められている。その一方で、他民族の文化は軽視されるか拒否される。現実には、日本も多くの外国人労働者を受け入れており、そうした労働者の中には日本で子供を産んでいる人たちもいるにもかかわらず、その子どもたちの「土地の権利」は認められない。天皇や皇后は、英国王や女王と同様に様々な慈善活動には関わるが、英国王/女王と異なり、人権問題、とりわけ外国人の人権問題には一切関与しない。なぜなら、「血の権利」からは、人類に普遍的な「人権」という意識は生まれてはこないからである。
誤解しないでいただきたいが、私は英国の立憲君主制を賛美しているのではない。それどころか、国王であれ天皇であれ、いかなる形式での君主制にも私は全面的に反対である。私が強調したいのは、日本人の人権意識の希薄性は、「血の権利」という狭隘な観念と密接に関連しており、その観念は天皇イデオロギーと強く結びついた独特の文化思想の重要な要素となっているということである。天皇制解体のためには、「血の権利」観念をどう打ち破るか、そのことが極めて重要な問題である。
田中利幸(歴史家)
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