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2023年8月14日月曜日

核兵器を抱きしめて

核兵器を抱きしめて

ヒロシマを抱きよせる米国、抱きしめられたい広島と日本 ―

 

第1回:「広島ビジョン」批判

 

G7広島サミット直後から、米国の広島へのアプローチが急激に増えたように思われます。その意図は、「ヒロシマを抱き寄せる」と言う表現で象徴できるのではないかと私は考えています。その考えを少し詳しく述べてみたいと思いますが、本題に入る前に、まずG7広島サミットが5月19日に発表した「核軍縮に関するG7首脳広島ビジョン」(以下「ビジョン」)で触れられている論点のうち、幾つかの重要な点に絞って批判的検討をしておきたいと思います。

 

1「核抑止力」の問題点

「ビジョン」の冒頭では、この声明文のことを「核軍縮に特に焦点を当てたこの初のG7首脳文書」(強調:田中)と述べているように、G7の目的は「核廃絶」ではなく、あくまでも「核軍縮」であると主張しているわけです。「核廃絶」はG7にとっても、日本政府が長年にわたって「究極的な目的」という表現で誤魔化してきたのと同じように、「核兵器のない世界の実現に向けた我々のコミットメントを再確認する」というもっともらしい表現を使って、実際には核廃絶に向けては何もする気がないことを誤魔化しているに過ぎません。すなわち、「核抑止力」という表現は全く使わずに、実際には「核抑止力堅持」を表明しているのです。その「核抑止力堅持」を正当化する理由として、「ロシアによる核兵器使用の威嚇」を強調しています。しかも、実際には「核軍縮」も嘘であって、特に米国の場合は「使える核」=小型核兵器を増加させています。

さらに注意すべきことは、「核抑止力」は、プーチンのように実際に声をあげて「核兵器を使用するぞ!」と威嚇しなくても、核兵器を保持していること自体が「威嚇」となっているからこそ「核抑止力」なのです。なぜなら、「核抑止力」とは、核兵器を準備、保有することで、状況しだいによってはその核兵器を使ってある特定の国家ないし集団を攻撃し、多数の人間を無差別に殺傷することです。つまり、核兵器を使って「戦争犯罪」や「人道に対する罪」を犯すという犯罪行為の計画と準備を行っているということであり、さらに、そうした計画や準備を行っているという事実を、常時、明示して威嚇行為を行っていることなのだから。

「核抑止力」の保持は、実際に核兵器を使う行為ではないことから、犯罪行為ではなく、政策ないしは軍事戦略の一つであるという誤った判断が一般的になっています。実際には、「核抑止力」は、明らかにニュルンベルグ憲章第6条「戦争犯罪」(a)「平和に対する罪」に当たる重大な犯罪行為なのです。「平和に対する罪」とは、「侵略戦争あるいは国際条約、協定、誓約に違反する戦争の計画、準備、開始、あるいは遂行、またこれらの各行為のいずれかの達成を目的とする共通の計画あるいは共同謀議への関与」(強調:田中)と定義されています。核兵器の設計、研究、実験、生産、製造、輸送、配備、導入、保存、備蓄、販売、購入なども、明らかに「国際条約、協定、誓約に違反する戦争の計画と準備」です。したがって、「核抑止力」保持は「平和に対する罪」であると同時に、「核抑止力」による威嚇は、国連憲章第2条第4項「武力による威嚇」の禁止にも明らかに違反しています。

このことを、私はこれまで機会あるごとに幾度も述べてきましたが、「核抑止力維持そのものが犯罪行為である」と、被爆者団体や反核運動組織が強く主張してこなかったことをここで指摘しておきます。「核抑止力維持」反対なら、その犯罪性の根拠を常に明確に、政府、特に日米両政府に対して突きつけることを忘れてはならないと私は思っています。端的に言うならば、日本政府は米国の「核抑止力」保持という犯罪に加担しているのだ、ということを忘れてはならないのです。

 



2 「NPT体制」の問題点

「ビジョン」は、「核兵器不拡散条約(NPT)は、国際的な核不拡散体制の礎石であり、核軍縮及び原子力の平和的利用を追求するための基礎として堅持されなければならない」と述べています。

  昨年8月には、NPT再検討会議がニューヨーク国連本部で開かれました。この会議では、ウクライナで軍事侵略活動を続け、原発周辺での軍事行動で原発破壊の危機を高めているロシアへの批判を含む最終文書にロシアが反発したため、最終文書採択ができなくなり、会議は 8 26 日に決裂状態で終わりました。いくつかの新聞は、「NPT 体制は形骸化し、世界は核の軍拡競争に進みかねない危機に追い込まれた」と報道。

しかし、1970年に発効した NPT 、核保有国に対して「誠実に核軍縮を行う義務」を規定してはいるものの、何ら罰則はありません。したがって最初から形骸化しているのであって、会議が決裂したのはこれで 5 回目であり、実際には「核の軍拡競争」も長年ずっと続いてきています。こうした核をめぐる歴史と現状をしっかりと勉強し伝えていくことがマスコミには求められます。そもそも NPTに核軍縮や核廃絶を期待すること自体がおかしいのです。

  確かに 2011 2 月に米露間で発効した新 START(第四次戦略核兵器削減条約)によって、米露両国の戦略核弾頭配備数だけは大幅に減少しました。ところが、配備されているミサイルから取り外された核弾頭が、これで即時に廃棄処分されたわけではありません。

例えば、「核廃絶の夢」を提唱しただけでノーベル平和賞を授与されたオバマ大統領の政権下の米国は、その時点で、これら 4,600 発以上の核弾頭をできるだけ長期にわたって維持するため、「寿命延長計画」に多額の予算を注ぎ込みました。そのうえ、同じくオバマ政権下で、史上最高額の核兵器予算が 2015 年会計年度の予算に盛り込まれ、この予算のうち多額が、核弾頭ならびに運搬システムの「現代化計画」に充てられました。2009年に「核廃絶の夢」を提唱してノーベル平和賞を授与された大統領が、その6年後に史上最高額の核兵器予算を組んだのです。この破廉恥な人物を、世界中の多くの人間がいまだに尊敬しているという、実に狂った世界に我々は住んでいるのです。

「現代化計画」の主たる目的は、「使える核」と呼ばれる小型核兵器の開発と、その小型核兵器を搭載できる運搬システム(=新型の戦闘機、爆撃機、潜水艦など)の開発です。この「現代化計画」はそのままトランプ政権に引き継がれ、今はバイデン政権下で継続されています。したがって、ロシアや中国も同じような核兵器の「現代化計画」を進めています。これが核兵器をめぐる現状なのです。

こんな状況下で、NPT 批准の核保有国(米露仏英中)や非批准の核保有国(インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮)が核禁止条約に署名するどころか、NPT 再検討会議で本気で積極的に核軍縮に向けて政策を打ち出し、それを実行に移すはずがありません。「ビジョン」は「北朝鮮は、NPTの下で核兵器国の地位を有することはできず、有することは決してない」などと強がっていますが、NPTの下でなくても北朝鮮はすでに核兵器保有国であること自体が問題なのであって、イランもまた核兵器保有国となることをあきらめてはいないようです。こうした事態を産み出している原因の一つに、米露仏英中のNPT 批准の核保有国が、いつまでたっても核廃絶どころか、削減すら棚上げにしていることにあることは明らかです。逆に、米中間ではとりわけ核軍拡競争が激化しています。

昨年の NPT 再検討会議の決裂をもっぱらロシア一国のせいにすることは、したがって、他の核保有国にとって実はひじょうに都合の良いことだったのです。これは、「唯一の戦争被爆国」を売り物にしながら表向きは「反核」という姿勢を装い、実際には米国の拡大核抑止力を強力に支持している日本政府にとっても、同じように都合が良かったのです。

よって、NPTが「核軍縮及び原子力の平和的利用を追求するための基礎」などというG7の主張は虚妄以外のなにものでもありません。その上「ビジョン」は、「我々は、核兵器に関する透明性の重要性を強調し、米国、フランス及び英国が、自国の核戦力やその客観的規模に関するデータの提供を通じて、効果的かつ責任ある透明性措置を促進するための行動をとってきた」と、これまた破廉恥にも大嘘をついています。核保有国の核兵器をめぐる情報ほど不透明で秘密裏な国家情報はないことは周知のところであり、「透明性」を証明する証拠があるなら示してもらいたいものです。

NPTはまた「原子力の平和的利用を追求するための基礎」だと「ビジョン」は主張しますが、その原子力発電所が、ウクライナ戦争では意図的な攻撃や誤爆のマトになり、あるいは原子炉を冷却できなくなる危険性が今も続いているだけではなく、ますます高まっています。ウクライナの原子力発電が爆破されたら、少なくとも東欧を含むヨーロッパ全域がもろに放射能汚染で覆われてしまうことは間違いありません。

 

  日本の「核兵器製造能力」保持の問題

最後に、プルトニウム生産の問題について触れておきます。「ビジョン」は「我々は、民生用プログラムを装った軍事用プログラムのためのプルトニウムの生産又は生産支援のいかなる試みにも反対する。かかる試みは、原子力の平和的利用の促進を含む NPT の目的を損なうものである」と述べて、NPT 批准核保有国(米露仏英中)によるプルトニウム生産の独占化を維持することに躍起になっています。ところがその一方で、非核保有国の中で唯一国、日本にだけは大量のプルトニウム生産と貯蔵を許しています。

日本は昨年7月の政府発表の段階では、45.8トンもの大量のプルトニウムを保有しています。もともとは発電を目的に高速炉で使うためとの説明でしたが、その高速炉自体の実用化の目処が全くたっていません。高速炉実用化が先送りされた(というよりは実際には頓挫してしまっている)ため、今度は、使用済み核燃料から取り出したプルトニウムとウランを、混合酸化物(MOX)燃料にして再び原発で使うという計画が打ち出されました。しかしMOX 燃料使用のために、原子力規制委員会の適合性審査に通った原子炉は4基のみ。よって、実際に消費されるプルトニウムの量は全部合わせても年間2トン程度。数キロもあれば核弾頭1個の製造が可能なこのプルトニウムを大量に貯蔵することを、非核保有国の中で、なぜゆえに日本にだけ許されているのでしょうか。

あらためて言うまでもなく、日本政府はプルトニウムを貯蔵し続けることで、「我々は、核兵器製造能力を保持しているのだ」ということを中国や北朝鮮に知らしめること、いわば、これまた一種の「威嚇」能力を保持し続けることが目的なのです。そのことを、アメリカも暗黙のうちに許しているのです。まさに、共同謀議と称すべき関係です。

このことは2012620日に成立した「原子力規制委員会設置法」、ならびに、それに伴う原子力基本法改定の内容からも明らかです。この「原子力規制委員会設置法」の法案は、当時の民主党政府が国会に提出していた「原子力規制庁設置関連法案」に対立して自民・公明両党が提出していたものです。ところが、同年615日に突然、政府案が取り下げられて、自民・公明両党に民主党も参加した3党案として、衆議院に提出されました。当時の新聞報道によれば、265ページに及ぶこの法案を他の野党が受け取ったのは、当日の午前10時であり、質問を考える時間も与えられなかったといわれています。法案は即日可決され、直ちに参議院に送られて、この日のうちに趣旨説明が行われ、20日には原案通り可決されました。

これによって、原子力を平和目的に限定するとしてきた原子力基本法に、「わが国の安全保障に資する」という条文が加えられたのです。「安全保障」とは「軍事利用」を指します。これは、日本が核兵器製造能力の開発・維持ひいては保有の可能性と意図を、それまでは暗示的に国内外に示してきたのですが、これによって明示するという、大きな政策転換を行なったことを意味しています。

よって、「核抑止力」の問題は、米国やロシア、中国などの核保有国だけの問題ではなくて、まさに日本の明日の問題であると真剣に捉え直す必要があります。日本市民が直面している問題は、米国の「核の傘」=「拡大核抑止力」だけではなく、状況が変われば、日本がすぐに「核抑止力」保持国家に移行する準備は、法律上はすでに10年前にできているのです(物理的にもおそらくできていると考えたほうがよいでしょう)。岸田政権が「敵地攻撃能力保持」を声高に主張し、それが今やすでに当たり前のように一般に受け入れられるようになりつつある日本の現状を考えると、このことを忘れては、日本の反核運動は惨めに頓挫します!

 

4.  結論

先に述べたように、「ビジョン」の冒頭では、「核軍縮に特に焦点を当てたこの初のG7首脳文書」と述べて、核問題をG7が正面から取り上げたことを誇っています。しかしその内容は、いま見てきたように、嘘だらけです。明らかに嘘であることを恥ずかしくもなく堂々と述べています。こうした明白な「嘘の発言」はG7サミットだけの問題ではありません。日本では安倍晋三や岸田文雄といった首相の座にある政治家をはじめ、多くの政治家が公の場で嘘をつくことを全く恥と思わないことが日常化しています。米国ではドナルド・トランプは言うまでもなく、先に述べたようにバラク・オバマも大嘘つきです。これらの政治家は、「真実」という重みを持った言葉を空虚なものにしてしまい、通用しないものにしてしまったのです。その結果、公文書もやたらに改竄されるようになりました。

この「言葉の空虚化」は、この20年ほどで驚くほど深まり、今や、社会のさまざまな局面に広がりつつあります。私たちは、これ以上の社会崩壊をさけるためには、この「言葉の空虚化」とも真剣に闘う必要があります。

もう一つ重要な問題は、今私たちが急遽対策をこうじるべき「地球沸騰化」です。最近、アメリカ科学アカデミー紀要に載った論考によると、「地球上で最も気温が高いのはアフリカのサハラ地域で、年間平均気温は 29 度以上。そうした過酷な環境に覆われている地域は地球の陸地の 0.8% にとどまる。しかし研究チームの予測では、この極端な暑さは 2070年 までに地球表面の19%に拡大し、35億人に影響が及ぶ」(CNNニュース)とのこと。つまり、35億人が熱波に襲われ、現在の居住地域に住み続けることが不可能になるという予測です。しかし、言うまでもなく、この状態が 2070 年に突然起きるわけではありません。今後、急速に地球の温度が高まっていき、これから毎年、地球上の多くの地域が居住不可能になっていくわけです。

つまり、「高齢者」である私の年代の人間にとっては、自分たちの子どもだけではなく孫の世代がモロにその危険に直面しなければならなくなってきたのです。もう本当に時間的な余裕はありません。地球上の人類を含む多種多様の生物・植物の生存にとって、これほど由々しい問題に G7サミット はもちろん、各国政府も全く対処不能です。私たち市民が自分たちでなんとか立ち向かうしかありません。このことを私たちはしっかりと認識し、「地球沸騰化」の具体的な解決策を実践していくより他に道はないと私は思います。

 

 

 

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