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2022年6月7日火曜日

ウクライナ戦争における軍性暴力の実態に関する一報告

ウクライナ国立科学アカデミー (I.Krypiakevych Institute of Ukrainian Studies)の研究員で、第二次大戦中のウクライナでのナチス軍によるユダヤ人虐殺時における性暴力を研究テーマにしている、マリア・ハブリシュコという女性がいます。彼女は、ドイツのハンブルグ社会研究所の支援で10年ほど前に立ち上げられた「武力紛争時における軍性暴力」という研究プロジェクト・チームの、20人ほどいるメンバーの一員です。私もこのプロジェクトにほとんど最初から参加していますが、プロジェクトのコーディネーターは、ハンブルグ社会研究所の研究員で、『戦場の性:独ソ戦下のドイツ兵と女たち』(岩波書店)の著者でもあるレギーナ・ミュールホイザーです。私たちのこの研究プロジェクトの活動については、このブログの2019年の年末メッセージでも少し触れておきました。

3月12日、マリアは一人息子を連れて、ウクライナ西部の都市リヴィウを離れてハンブルグに逃れてきて、今もハンブルグに滞在しています。彼女は、ウクライナで起きている軍性暴力に関するかなり詳しい情報を収集していますが、その実態の一端を、レギーナと4月20日行った対談で明らかにしています。その全文(英語)が The New Fascism Syllabus というウエッブ・サイトに掲載されています。

http://newfascismsyllabus.com/contributions/ukrainian-dispatches/a-weapon-of-war-some-observations-on-sexual-violence-during-the-russian-war-in-ukraine/

全文を和訳すべきなのですが、今のわたしにはその時間的余裕がありません。そこで、私が重要だと思うマリアの発言部分をいくつか取り上げて、ご紹介しておきたいと思います。なお、マリアの発言にはかなり具体的な性暴力の説明が入っていますので、不快と感じられる方もおられるかと思います。前もって注意を促しておきますので、ご承知おきください。マリアの発言部分は全て「 」内のもので、( )内やそれ以外の文章は私の補足やコメントです。

 

破壊されたアパートの前で嘆き悲しむウクライナ女性
 

1)   ロシア兵による性暴力の正当化

「ロシア兵たちが個人住宅に侵入し、女性を家具に縛りつけて強姦をする現場を子どもに見せつけることが行われているということを聞いています。別のケースとしては、ロシア兵が捕まえた女の子の姉が、ロシア兵に<妹の代わりに私を連れていって。私のほうが年上だから>と言ったところ、ロシア兵は、<いや、お前は我々がお前の妹に何をするか見ていろ。我々は(第二次大戦時に)ナチの売春婦が(ロシア兵に)やられたことと同じことをやるのだから>と言ったそうです。この話は、ロシアのプロパガンダの影響がどのように現実に反映しているのかを、暴露しています。そのプロパガンダとは、ウクライナのロシア系住民に対してウクライナのネオ・ナチが大量虐殺を行ったから、全てのロシア系住民を守るためにロシア人が来ているとの主張です。ウクライナ人をナチスと同一視する馬鹿げたプロパガンダがロシア兵の行動に大きく影響して、ウクライナ市民に対する残虐行為につながっているのです。自分たちの行動を正当化するときに、ロシア兵たちはこのプロパガンダ表現を利用するのです。ロシア兵にとって、ウクライナの女性はファシストであり、ファシストの男たちの妻であり、娘であり、姉妹というわけです。強姦を通して彼らはこの考えをさらに確信するわけです。かくして、強姦を通してウクライナの女性は敵の<女>となるわけです。」

 

2)   上官による黙認と強姦に伴う略奪

「ロシア軍の指揮官がロシア兵のそうした行動を黙認しています。ロシア兵たちは略奪をやり、宝石、大型スクリーン・テレビ、服、さらには価値のない絨毯など、さまざまな物を奪っていきます。倫理観がどれほど低下しているかを表しています。それと同じ感覚で女性を強姦しているわけです。しかも、指揮官が兵たちの略奪と強姦を許しているわけです。性暴力は、兵たちに対する報奨であり、兵たちの気分を高揚させるのです。」

 

こうしたウクライナのロシア軍兵の行動は、15年戦争期(1531〜45年)の日本軍の残虐行為、とりわけ中国における蛮行を彷彿とさせます。

 

3)   性奴隷とされた女性たち

「ロシア軍の指揮官が兵たちに明確に強姦命令を下したという証拠を、私は見ていません。しかし、指揮官たちが見て見ぬふりをしているのだと、私は確信しています。例えば、ブチャでは14歳から24歳の25名の女性と少女たちが、性奴隷としてビルの地下に数日間閉じ込められました。この場合、指揮官に知られずに、兵隊たちがこれらの女性を性奴隷にできたとは考えられないです。指揮官は明らかに知っていたはずで、黙認していたのです。」

 

同じようなことを、日本軍もアジア太平洋の各地の侵略地でやっています。指揮官が「強姦するな」と言いながら、コンドームを配ったというような逸話も残っています。

 

4)   死体に見られる市民に対する残虐行為の痕跡

「ブチャで殺害された数百人にのぼる市民の共同墓地は、ロシア軍による多くの残虐行為の証拠の一例に過ぎません。今日(4月20日)の段階で、ロシア軍は約200人のウクライナの子どもを殺害しています。そうした殺された子どもの死体の中には、9歳、10歳の子どももおり、半裸や全裸にされ、手を縛られ、性器を切りとられた子どもたちの死体もあります。」

 

5)   女性兵士に対する性的虐待

「4月2日、ロシア軍に囚われていた15名のウクライナ軍女性兵士が解放されました。彼女たちは、収容期間中にどのような性的拷問を受け、生き延びたかについて証言しています。彼女たちは頭を丸刈りにされ、裸にされ、敵の男たちの前で(両足をひらいて)しゃがむ姿勢をとることを強制されたとのことです。」

 

6)   性暴力は「戦争の武器」

「こうした色々な例をみてみますと、性暴力は、ロシア軍が恐怖や不安を拡散し、ウクライナを降伏させ、ウクライナ政権が、こうした言語に絶するロシアの残虐行為をやめさせるよう、ロシア側の出すいかなる条件も受け入れるようにするための非公式な戦略の一つであることを示している、と私は思います。ロシア軍は、ウクライナ人を怖がらせ、怯えさせ、最終的に我々の集団的な抵抗の意志を崩すために、こうした残虐行為と蛮行を行なっているのです。この意味で、性暴力というのは戦争のための武器だと私は言いたいです。」

 

武力紛争時に軍の性暴力が必ずと言ってよいほど起きる原因には、いろいろありますが、その一つには、確かに「敵の市民に対する性暴力で敵に恐怖を与え、敵を挫き、支配するための武器として性暴力を使う」ということがあります。

 

7)   性暴力の被害者が、被害者であることを公表したくない理由の一つ

「最近、強姦された女性と話をしたフェミニストのジャーナリスト、ビクトリア・コビリアツカが書いた記事が出ました。この女性被害者は田舎の小さな村に住んでいますが、警察にも届けないし、精神的支援も求めないと言っているそうです。彼女は強姦されたせいで妊娠しており、中絶を望んでいます。彼女は自分があくまでも加害者に抵抗しなかったことで、自分自身を責めているそうです。しかし、専門家に言わせれば、これは性暴力の被害者に共通の反応で、実際、生き延びるための方法だということです。なぜなら、抵抗するならば性犯罪者は彼女や彼女が愛する人たちに何をするか分からないから(抵抗できなかったの)です。したがって、被害者と同じ地域共同体の人たちが自分を支援せず、むしろ自分の行動に疑いを持つかもしれないと被害者女性が懸念しなければならないというのは、さらに苦しいことです。」

 

8)   被害者女性支援体制が不十分

「人権保護団体が性暴力被害者のために小冊子を作っています。その中では、妊娠したらどうすべきか、性病に罹ったらどんな薬を使うのかなど、たいへん実用的で、しかし注意深い助言が考案され、提供されています。同時に、小冊子には、性暴力被害者を専門に支援する諸団体や女性人権保護団体、法執行機関などの電話番号が載っています。多くの被害者が定評のある女性人権保護団体に助けを求めてくると聞いていますが、それはこれらの団体は長く性暴力被害者の支援に関わってきましたし、スタッフもよく訓練されていて、被害者を責めたり、被害者に恥をかかせたり、恐怖心を起こさせることなく、被害者女性の相談にどう応じたらよいかについてよく分かっているからです。

しかし、性暴力被害者のための全ての機関がこのように熟練の専門機関であるとは言えません。3月に強姦に関する最初の報告書が出された後、4月1日に、UNICEFの支援を受け、性暴力被害者のための精神的支援体制が設置されました。ところが、ウクライナの性暴力被害者は、一般的に、これらの精神治療専門家に相談に行かないという状況になっています。実際、これらの精神治療専門家の中には、専門家らしくない行動をとっている人たちがいるからです。例えば、患者の話からの情報を公共の場に提供したりしてしまっているからです。その結果、強姦の被害者は、親戚や友人に自分のことが分かってしまうことを恐れています。……

もう一つの問題があります。ウクライナの強姦被害者の中には自国から逃れて、現在ポーランドに滞在している人たちがいます。ところがポーランドでは、簡単に「事後経口避妊薬」を入手することができません。さらに問題なのは、2021年にポーランドの憲法裁判所が、ほとんどの場合、妊娠中絶を違法であるという判断を下したことです。これ以降、強姦されされた場合には中絶が許されますが、しかし、警察に被害の訴えをすでに出している者に限られています。ウクライナ人のほとんどが難民で、自分たちの身に起きたことに関する公的報告書などは持っていません。それどころか、いろいろな法的手続きを処理できるような力さえ彼女たちにはありません。中絶を支援するフェミニストたちの奉仕団体もありますが、ウクライナの被害者にはその支援を受けるのは容易ではありません。こうした苦しい状況に多くの被害者が立たされています。」

 

9)   無視される同国市民と同国兵による性暴力の問題

「戦争が始まったとき、(ウクライナの)一般市民の男が防空壕にいる女性に性暴力を犯したという報告がありました。しかし、誰もそんな話に耳をかそうとはせず、メディアもこうした事件を報道しようとはしません。自主的にこうした事件について出版しようとする人たちは、我々(ウクライナ人)の精神を崩して、敵のためになるようにやっているのだと糾弾されます。これが、この戦争がもたらす別の局面の一つだと思います。(その結果、)強姦の加害者は常に敵の兵隊であるという、覇権主義的説明に彼女たちの体験談が当てはまらないため、彼女たちは沈黙せざるをえなくなるのです。

実際には、ウクライナ軍兵士による性暴力のケースについても、私たちは承知しています。2014年以来のドンバスでの紛争では、ウクライナ軍兵士がその地域の女性に性的攻撃をかけ、強姦した事実が公的に知られています。例えば、悪名高い「嵐部隊」は、2016年に犯した強姦やそのほかの犯罪で非難されています。しかし、彼らを告訴する機会が十分ありながら、ウクライナは自国の兵隊たちを裁判にかけ、有罪にすることに成功していないことを、法律家や人権保護活動家たちは認めています。(ウクライナの)法的機関は、被告人がドンバスを安定させるために軍事的義務を果たしたと判断して(大目にみて)いるようです。例えば、ある退役軍人がキーウで10歳代の少女を強姦したケースでは、たった2年の執行猶予と少額(3,000フリヴナ、ユーロに換算して約100ユーロ)の罰金という刑ですまされてしまっています。

 さらには、世界中の他国の軍隊同様に、ウクライナ軍の中でも、女性兵士たちが男性兵士よるセクハラと性暴力に苦しめられていますが、この問題に対して公正な裁きを求めても、ひじょうな困難にぶつかります。

 これらの(ウクライナ人男性による性暴力)ケースは何ら注目を集めません。この場合の女性被害者は沈黙させられ、現在進行中の戦争では、(ウクライナの)関係グループや機関は、ロシア兵による性暴力のケースだけに焦点を当てて、性暴力の記録を行おうとしています。」

 

10) 現在のロシア軍と第二次世界大戦中のソ連赤軍の蛮行にのみ注目

「現在は、みな、第二次世界大戦中のソ連赤軍兵士と現在のロシア兵の(蛮行に関する)類似性にばかり注目したがっています。その一方で、誰も、ホロコーストを犯したドイツ国防軍、ナチス親衛隊や現地の協力者、すなわちウクライナ警察官のことを話題にしようとはしません。なぜでしょうか?なぜなら、ほとんどの人が今はドイツを同盟国とみなしているからで、(ドイツのことを)歴史比較の中に入れたくないからです。例えば、最近、私はウクライナのメディアから第二次世界大戦中のウクライナにおける性暴力についてのインタヴューを頼まれました。送られてきた質問リストを見てみたら、ドイツ軍に関する質問、あるいはユダヤ人迫害に関する質問は一つもありませんでした。質問は全てソ連の赤軍に関するものばかりでした。」

 

11) 被害者支援に関するお金の使い方はどうあるべきか

「性暴力を生き延びた被害者の健康や福利の問題はどうなっているのでしょうか?(性暴力の事実確認だけではなく)、これにもまた配慮が十分なされるべきです。お金や資材はこのために使われるべきです。

  2022年4月11日に開かれた、紛争時の性暴力に関する説明責任に関する国連安全保障理事会の様子を、私は(テレビ)で観ました。さまざまな国の代表のほとんど全員、UNICEF代表や他の代表が、みなウクライナの性暴力について言及しました。一方で、こうした性的苦悩が注目され、それらが「人道に対する罪」という観点から議論されたことはとてもよいことです。例えば、ウクライナの英国大使、メリンダ・シモンズは、すでに4月3日の段階で、ロシア軍兵たちが「戦争の武器」として強姦を犯していると述べました。実際、英国は、ウクライナにおける性暴力についての特別調査を行う独立機関を立ち上げるべきだという発議を行いました。……

  しかし、同時に(他方では)、被害者に対する支援が実際には十分設置されていません。被害者に精神的支援を提供できるような、よく訓練された専門家が足りませんし、被害者に再度精神的苦しみを与えないようにしながら証拠を集めるという訓練を受けた専門家も足りません。また、強姦の被害者とその子どもたちなどを収容する国営施設も足りません。被害者に寄り添い、支援し、精神的・医療的支援を提供できるような制度と方式を立ち上げるために、私たちは大いに努力しなくてなりません。そして、その中には、子どもたちに対する特別支援の制度が含まれていることが必要です。自分の母親が輪姦される現場を見せつけられた6歳の男の子のケースについては、すでにご承知かもしれません。その男の子は、全く話さなくなりました。彼のような子どもたちに対しても援助が必要です。なぜなら、そうした子どもたちは、性暴力の二次被害者なのですから。私たちは、被害者=生存者とその近親者をどう支援するかについて、もっともっと考える必要があります。」

 

一応、今回はここまでの紹介にとどめておきます。

田中利幸

 

 

 

 


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