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2016年7月13日水曜日

永六輔さんとの出会い — 哀悼 —


永さんとの「出会い」などと書くと、あたかも永さんと親密なお付き合いを私がさせていただいたような印象を与えますが、残念ながら、全くそんなことはありませんでした。「出会い」はたった一回限り。しかもこちらが勝手に話しかけただけです。もう167年前のはなし。新潟駅構内の陸橋を歩いていると、新幹線を降りてきた大勢の人たちが私の後ろから歩いてきました。突然、私のすぐ隣に楽しそうに鼻歌を歌いながら通り過ぎていく大柄の人物に気がつきましたが、顔を見る前にその人は私の真ん前に出てきました。後ろ姿を見てびっくり。その人が着ていたのは、「萬祝長着」と呼ばれるひじょうに派手な、すばらしい青色の銚子ちぢみ(無形文化財)でした(下の写真を参照して下さい。ただし、確かではありませんが、その時の「萬祝長着」が写真と同一のものではなかったと思います。写真は、坂戸市にある「きままやカフェ」の主人が永さんから譲り受けたものだそうです)。「えらく粋な人がいるな〜、どんな顔の人だろう」と確かめたくなって、私は歩みを早め、彼の真横に並んで顔を見てみたら、なんと永六輔さん。思わず「永さん!」と叫んでしまいました。永さんは、あのトレードマークの笑い顔を見せながら独特の言い回しで、「どなたでしたっけ、どこでお会いしたんだっけ」と。「いえ、これまでお会いしたことはありませんが、僕は永さんの大ファンです」と私。永さんの笑顔はますますほころんで、「ああそ〜う、ありがとう」。私は永さんが新潟市内で講演でもされるのか思い、それならぜひ拝聴したいと考え「どちらかでご講演ですか?」と訊くと、「これから佐渡に行きます」との返事。この時期、永さんは佐渡にベースを置く太鼓グループ「鼓童」のアドヴァイザーのような仕事もしておられたので、きっとその関係で佐渡に渡られたのでしょう。「佐渡に渡られるので『萬祝長着』とはさすが永さん、粋ですね。お気をつけて」と言うと、嬉しそうに手を振りあげて、再び大声で「ありがとう!」。たった、これだけの「出会い」でしたが、いつまでも永さんの姿の記憶が鮮明に残っています。
永さんが日本の庶民、とくに東北地方の農民の普段着であった刺子半纏を愛用され、しかもそのデザインをひじょうにモダンなものに変えて着ておられたのに、私はいつも感心していました。あんな粋な刺子半纏を私も着てみたいと。いまでは刺子半纏はひじょうに高価で、なかなか手がとどきませんが、私の妻が一着だけ持っています。



永さんは常に「庶民の日常生活」にしっかりと根をおいて、そこからひじょうに素朴ですがマトをついた鋭い、しかし同時に笑いを誘うような発言をされていました。彼の「憲法九条擁護論」やそのほかの「平和論」も、ごくごく素朴な庶民感覚からの発想なので、「そうなんだよね」と私たちの心にスッと入ってきます。昔は、若者に一目おかれる、永さんのような知恵のあるお爺さんが町内に一人はいたものでしたが、いまではそんなお爺さんも、お爺さんの発言を尊重するようなコミュニティーも存在しなくなりました。
永さんが取り組まれたいろいろな文化運動、市民運動のそのほとんどに私は大賛成でしたが、一つだけ、どうしても納得いかない運動がありました。それは「天着連」運動です。「天着連て何?」と思われる人が多いと思います。「天着連」とは「天皇に着物を! 市民連合」の略称で、「天皇陛下に公式の場で和服(着物)をおめしいただこう」という運動で、この運動を通して着物文化を発展、拡大させようというものです。どこまでこの運動が実際にすすめられたかは疑問ですが、私は発想自体に大反対です。庶民の着物である刺子半纏を愛用した永さんが、本気でこんな運動を提唱されたとは思えないのですが。とりわけ、永さんは明らかに反天皇制と思われるような発言やパフォーマンスもしばしばされたので、納得いかないのです。聞くところによると、私が尊敬するシンガー・ソングライターの趙博さんが歌う天皇侮辱ソングも、永さんは褒めておられたとのこと。ちなみに、数年前に広島で行われた、趙博さんと土屋時子さんの二人芝居「原爆スラム」はすばらしい公演でした。この芝居の中でも「天皇陛下バンザイ」を「天皇陛下ハンザイ」と言い換える愉快な場面があります。
それはともかく、私は、『週刊金曜日』に長期連載されていた「永六輔語録」の愛読者で、毎週手元に届く『週刊金曜日』をひろげて最初に読むのはこの「永六輔語録」でした。毎週「語録」を書かれるのはたいへんだったと思います。したがって、語録の全てが秀作とは言えませんでしたが、毎週20作ほどの語録には、必ず笑いを誘いながら、しかも「そうなんだよな」と深く頷く秀作が幾つか含まれていました。
永さんへ哀悼の意を表して、以下、永六輔語録から秀作と思われるものを、ジャンルごとに分けて書き出してみました。なお、()内の青字のコメントは私の独白です。
自然、動物、人間
一般的に動物はゴミを出しません。ゴミを出すのは人間だけだと思います。
* 自然の姿の中には直線というものがありません。だから優しいんです。
* 人間は他の生物の生命を食って生きているんですから、その人間の生命を、他の生命に食われたからって文句は言えません。癌とか、エイズはそう考えてみるべきです。

死と命
人間は二度死にます。まず死んだ時。それから忘れられた時。
ただ死ぬのは簡単なんだ。(上手に)死んでみせなきゃ意味がないよ。
天国とか極楽はすぐ飽きると思うけど、地獄だと退屈しないんじゃないかな。
(しかし、永遠に閻魔大王に追っかけられる生活は、退屈しないどころか苦しいですよ。だからと言って、地獄じゃ自殺しても死ねないし……)
* 死んで貰いたい人は……死なんなァ。(そうなんですよね。でも自分も他人にそう思われているかも。)
ここにいる奴は、みんな死ぬんだぞ。いずれ、みんな死ぬんだぞ。(みんなで死ねば怖くない?)
* 死ぬことについて心配することはありませんよ。ちゃーんと死にますから安心しなさい。
* 人間初めてのことをする時は誰だって不安だよ。死ぬんだって初めてだからね。
* 生きているということは、誰かに借りをつくること。生きてゆくということは、その借りを返してゆくこと。

日本と日本人
日本民族は、他の民族が何を考えているのかがわかっていない民族です。
(本当にそうですね、わかりたくもないようです。なぜでしょうかね。)
日本人の好きな色、ハイ、玉虫色。

戦争、自衛隊、平和
* そもそも憲法というのは夢でいいんです。みんなで夢に近づける、それでいいんです。夢を改正することはありません。
* 出来ちゃった結婚ていうけれど、日本の自衛隊は「出来ちゃった軍隊」ですね。
* 隊員っていうのは上官や司令官を選べないじゃないですか。気の毒ですよ。命令にはハイッって言わなきゃいけないんでしょ。気の毒ですよ。
* 戦争したがる奴は想像力が欠如しているんです。
* テロだって、先に言った方が勝ちみたい。テロをやっつけてる奴がテロってこともあるけどね。(そうなんです、国家テロ。)
* 世界で一番不運で貧しい国の人たちに、テロは止めろって言えるんですか?
* 弱者をテロリストにならざるを得ないように追い詰めていく奴は、正義なのか。権力や武力に対抗するのはテロしかないと考えるのは悪なのか。大きい声で言ってみたいね。
* 市民は殺すなといっても、軍人は市民を盾にしてきた歴史があるじゃないですか。市民は犠牲になるものなんです。
* 市民と軍人と分けて戦争するなんて出来るのかよ。私服の軍人もいるだろうし、銃を持つ市民だっているだろうに。だから戦争はバカのやることなんだよ。
* 戦争体験を伝えろって、誰が誰に伝えるんだよ。戦争なんてものは伝えられるような、なまやさしいもんじゃない。戦争なんてものは反対だけしてりゃいいんだよ。
*多くの場合、事件の記憶は被害者の方が正しいですね。加害者は細部を覚えていないものです。
*飢えている国は軍隊が力を持つんです。日本だってそうだったじゃありませんか。
*子供達が毎日を楽しく生きているかどうか。それが平和かどうかということです。
* 戦争っていうのは、恐ろしくて、悲しくて、苦しくて、辛くって、虚しくって……。それで困ったことに面白いんだよなァ。(とりわけ国民を戦争に駆り出して、自分は戦場には絶対に行かない政治家にとっては面白いんですよねェ。)
* 町の中の変な人、妙な人が排除されないことが平和な時代の証なんだよ。
(変人と見られる傾向の強い私のような者にとっては、本当にそうだと痛感します。)

民主主義と国家
* 民主主義というのはゆっくり機能するものなのです。テキパキやりたいなら独裁主義にしないとねェ。
* 政府が国民をバカにしてます。国民が政府をバカにしてます。生きる上でこんな不幸はありません。
* 政治家の常識は、国民の非常識。同じことです。医者の常識は、患者の非常識なんです。
* 水からゆでていきますと、ゆでられているものは熱くなっていくのがわからないまま、気がついたらゆでられているわけ。
* お互いの違いを確認して、その違っている部分が好きになれなきゃいけません。男と女の話じゃありません。宗教も政党も、みんなそうです。
* 資本主義といえば、経済の弱肉強食を認めることですよね。それなら政治には、せめて弱者救済をしてもらわなければいけない。
* 女性の政治家も増えてほしいけど、その前に女性の官僚が増えるべきです。その分、料亭とかゴルフ場の接待が減るだけでも。
* 嘘をつくのでも、だますのでも、責任をもってやって欲しい!(安倍にぶっつけたい言葉!)
* やたらに心の教育っていうようになったけど、心をどうやって教育するんだよ。心を持っている人間を教育してくれよ。
* 学校は自立を学ぶために行くところです。従属を学ぶために行くところではありません。
* 守られて来た伝統は伝統じゃありません。守られなくたって残るものを伝統というんです。

人間関係と人格
* ベテランの同業者が若い同業者を育てるなんて、冗談じゃありません。ベテランは若い奴の足を引っぱって、引きずり降ろしてやらなきゃいけません。(それが本当は「育てる」ということ。足を引っ張られてやめてしまうような人間では見込みなし!研究者も同じです。仲間同士でおおいに研究成果を批判しあうべきなのに、なぜか日本ではやらないです。批判を悪口と混同しているようです。)
* 悪口っていうのは、そのまま誉め言葉なんだよね。悪口をいわれない奴は、たいした奴じゃありませんから。(いつも悪口言われている者としては、慰めになります。)
*老人と暮らしていない若者が増えたのが、老人に対する思いやりがなくなった原因です。あいつらは老人の衰え方を日常的に見てないから理解できないんです。
* 老人が一緒に暮らしていると、勉強のほかにもいろいろ学ぶことがあると分かるんですね。だから、おだやかな子どもに育つんですよ。
*国籍の違う嫁を貰うと、姑と言葉が通じません。これがプラスになって、うまくいくケースが多いようです。(国籍の違う嫁が日本語ペラペラ、でも姑とはとてもうまくいくというケースもあります、妻も姑も賢い場合は。息子が少々バカでも。)
* 敵は裏切らないよ。裏切るのは味方だよ。だから敵を大切にしなきゃ。
* 職業に貴賤はないと思うけれど、生き方には貴賤がありますねェ。人間、「出世したか」「しないか」ではありません。「卑しいか」「卑しくないか」ですね。
* 女性の場合、加害者といっても実は被害者という状況がとても多いですね。やっぱり、男は悪い奴が多い。
* 尊敬されて疲れない人間は信用しちゃいけません。人間として傲慢というか、自意識過剰というか。
* 無理させておいてよ、無理をするなよっていう奴、いるよ。
* 叱ってくれる人がいなくなったら、探してでも見つけなさい。
* いろいろな賞がありますが、賞の値打ちというものは、受け取る人で決まります。
(ノーベル平和賞の受賞者の顔を見ていると、本当にそう思います。値打ちのない人間が大半……。)
* 名医は一人では名医になりません。その医者を支えるチームがあって初めて名医になれるんです。
* ひとりぽっちの孤独よりも大勢の中の孤独のほうが悲しい。
* 自分で自分を追いつめてどうするんだ。他人の楽しみを奪うものじゃない!

愛と夫婦関係
* 口説く時に振られたら恥ずかしいなと思うようだったらやめなさい。口説くことがすでに恥ずかしいことなんですから。
* 愛するのはむずかしい。愛されるのはもっとむずかしい。
* 歳をとったら女房の悪口を言っちゃいけません。ひたすら感謝する。これは愛情じゃありません。生きる智恵です。
* 人間は愛しているか、愛されているか、どっちかでないと辛いね。
10代の夫婦はセックス夫婦、20代の夫婦は愛で結ばれる夫婦、30代の夫婦は努力して夫婦、40代の夫婦は我慢の夫婦、50代の夫婦はあきらめの夫婦、60代の夫婦は感謝しあう夫婦。(私などは毎日感謝の連続です。よくまあここまで連れ添ってくれたと)
* 愛することの反対は、憎み合うことではありません。無関心になることです。
* 人間の三大不運というのは、一つ、子供に先立たれること。二つ、つれあいに先立たれること。三つ、若くして大金を手にすること。

その他
* 私はホラは吹きます。でも、ウソはつきません。
(私もホラと尺八は吹きますが、ウソはつかないようにしています。)
* 若いうちは貧乏がいいです。貧乏は歳をとってから経験するものではありません。
* 貧乏ひまなしならいいんだよ。貧乏でひまがあると・・・淋しいよ。
* 知識がありゃいいってもんじゃない。その知識を生かす智恵がなきゃ。





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